25 解析
「理解してもらえてなによりだ。それでは、ラザール殿、星の勇者を始末してください」
「断る」
男のその指示をラザールは一言で切って捨てる。
「何?」
「断ると言った、同胞を道具のように使われて黙って従うとでも?」
「ラザール殿、これはガウス様の指示で――ぐっ!?」
剣の切っ先が男の喉元に突きつけられる、ラザールはその声に怒りと苛立ちを含ませて口を開いた。
「黙れ、俺は別に奴の部下ではない。多少の趣味の違いは見逃したが、ここまでされて協力するつもりはない」
「裏切るのかっ!」
男が声を荒くして叫んだ。ラザールは気にも留めずに淡々と話し続ける。
「違うな、俺の忠誠は変わらず魔王へ捧げている。お前たちには協力しない、それだけだ」
「言葉遊びを……、そんなものが通用するとでも?」
「なんとでも言え。ああ、安心しろ、貴様が失敗したときには俺が引き継いでやる」
なんとも意地の悪い顔でそう言ったラザールを睨みつけた後、視線をカナエへ戻す。
「星の勇者、動くんじゃないぞ、おかしな行動をした瞬間に術式を起動するからな」
そう念を押すと、男はカナエへ剣を振り下ろした。
「っ!?」
振り下ろされたそれは、カナエの服を切り裂いた。
「な、なんで……」
男は顕になった白い肌と大きく美しい乳房を見て目を丸くした。
「ほう、いい趣味じゃないか。女に縁のないお前のような下郎が見る機会なんてそうないからな、遠慮なく見ていいぞ」
恥ずかしがる様子もなく、冷たい目を男へ向けたカナエは言い放った。
「コケにしやがって……!」
男は顔を真っ赤にして、大声で叫んだ。
「俺は何もするなといったはずだが!?」
傷一つ無いカナエの肌を見て、男はカナエの目前へスクロールを突きつけながら叫んだ。
「私は何もしていない」
「ふざけるな!」
「そう言われてもな」
男は再度カナエへ剣を振る。しかし、何度切りつけても、カナエの衣服を切り裂くのみで、体には傷一つ付けることができなかった。
「クソっ、町が、お前の協力者がどうなっても良いっていうのか!?」
ため息を付いてカナエは言葉を発する。
「私の体から無意識に流出している魔力による防御をお前では突破できない、それだけだ。そもそも、本気で抵抗するなら服すら切らせない」
好意の欠片もない男に裸を見られて少女のような反応をすることは無いカナエだが、だからといってみだりに見られて愉快な気持ちになるほど特殊な性癖も持ち合わせてはいない。
「化け物め……!」
「勇者とはそういうものだ、だからお前の上司も私を狙っているんだろう?」
カナエは手を広げて男を挑発する。
「さぁ、次はどうする? 下の服も切り裂いて、ついでに私を犯してみるか? お前のような男にはこんなチャンス二度と無いぞ」
更に男の持つスクロールを指差しながら続ける。
「それと、先程からそれをちらつかせて私を脅しているが、意味がないことは理解しているか? それを使えばお前を守るものが何もなくなる、くれぐれも短慮には気をつけろ」
自爆術式はあくまでも標的の動きを縛るためのものであり、使用を前提としていない。
「……一体どうすれば、このままではガウス様に、くそっ!」
男はブツブツと呟きながら抜け出せない思考の迷路へ迷い込んでいた。
(はっ、良いように操られてやがる。あの女何か企んでるな)
男の様子を見ながら、ラザールの溜飲が下がる。
(あの男、気付いている。その上で手出しするつもりはないということか)
カナエとラザールの視線が合い、お互いに不敵な笑みを浮かべた。
「遠隔起動術式は起動陣で変調した魔力の波を、対象の魔法陣が受信することで発動する」
カナエは腕で胸部を隠しながら、おもむろに口を開いた。
「なっ、動くなっ!」
「魔法陣が受信できる信号は三種類。術式を即時発動する信号、自動発動を遅らせる信号、そして術式を停止させる信号」
男の顔が次第に青ざめていく。
「それがわかったところで」
「そのスクロールからはディレイ信号が一分ごとに送られている、言い換えればお前を殺したとしても発動まで一分は時間があるということだ。そして一分あれば、それを解析して術式を止めることができる」
「は、ハッタリだ、できるわけがない!」
「嘘か本当かなんて、今から死ぬお前には関係がない。私の胸を見られたんだ、冥土の土産としては十分だろ?」
さようなら、とカナエは男へ手を伸ばす。
「ひっ……!」
怯える男に向かってカナエが魔法を発動すると、男の意識は黒く塗りつぶされた。