21 防衛②
「そ、そんな……、あれが効いてないのか……?」
ある冒険者が、驚愕に思わず声をもらす。すべての打撃が致命傷を与えてもおかしくない威力であったにもかかわらず、平然と立ち上がる魔族の男にただただ畏怖するだけだった。
そのような中、ベンだけは焦る気持ちを抑え、冷静に考察を開始する。
(いや、クリーンヒットしていた、効かないはずがない)
手に残る感触を思い出しながら、そんなことを考えていたベンは一つの結論にたどり着く。
(――種族特性)
種族特性、亜人や魔族が持っているとされる種族ごとに異なる特殊な性質のことで、鬼人種の特性は負った傷を瞬時に回復する[再生]である。
「手応えの割には無傷で驚いたか? とはいえ、痛くねぇわけじゃねーんだ。つーことで倍返しさせてもらうぜ!」
男は先程と同様に距離を詰める。しかし先ほどと違い、ベンは男から繰り出された貫手を剣で見事に捌いてみせる。勢い余った男はたたらを踏み、バランスを崩した。そこをベンは見逃さず、斬りかかる。振るわれた剣が男を切り裂くが、与えた傷は流血する間もなくたちどころに塞がってしまった。
「無駄だっつってんだろうが! 」
男は更に速度を上げていく。次第に対応しきれなくなったベンの体には傷が増えていった。それを見た男は満足そうな表情を浮かべる。
「オラァ!」
気をよくした男はベンの懐に潜り込み大振りな攻撃を仕掛けようとする。
「なめるなよ、この野郎!」
そのような不用意な攻撃を受けるほど、ベンも甘くはない。彼はカウンター気味に男のこめかみへ肘打ちを命中させる。脳を揺らされて意識がとんだ男は仰向けに倒れた。
倒れた男の目元を見ると、肘による打撃で裂けた傷から血が流れており、傷がふさがるする様子はない。
(傷が塞がらない――?)
先ほどまでは流血すらしていなかったのにも関わらず、今は血を流すどころか傷も塞がっていない。
疑問に思っている間に、男が意識を取り戻す。
「くそが……」
立ち上がった男を見て、ベンは確信を持った。
(発動に条件がある、そして恐らくそれは――)
「あー、ムカつくぜ……、たかが人間に良いようにやられるなんてなぁ」
魔族の男は、二度味わった屈辱にいきり立っている。
「まぁ、最終的に勝つのは俺だ。なんたってお前の傷は増えていくが、俺は無傷なんだからなぁ!」
その台詞を聞いたベンはニヤリと笑うと、わかりやすく挑発を行う。
「バカはやりやすくて助かる」
そのようなチープな侮辱でも、男の怒りを爆発させるのには十分であった。男は雄叫びをあげ、ベンへ突撃する。
「はあっ!」
突撃に合わせてベンは剣で斜めに切り上げる。しかし、男は斬撃を意にも介さない。
「心臓、がら空きだ!」
男は切り上げによってがら空きとなったベンの左胸へ貫手を繰り出す。
(っ!)
渾身の力を込めたそれは、何かにさえぎられるように、左胸から数ミリメートルの位置で静止した。
その不可思議な現象に男は目を白黒させて、離脱を試みる。
「な、腕が、抜け――」
攻撃に用いた腕が押さえつけられるようその場に固定されて引き戻せない。
押さえつけた力の正体はベンのスキル[魔障壁]だ。[魔障壁]は魔力を体にまとわせて相手の攻撃を防ぐスキルで、その密度や範囲は使用者が任意に決められる。
ベンは戦闘時にこのスキルを常時展開している。しかしベンはあえてこのスキルを解除し相手の攻撃を誘った。そして相手の手が自分の心臓を貫こうとする瞬間にそこから円柱状に密度を高め、男の腕をその場に押さえつけた。
「しゃあっ!」
ベンは切り上げた剣を勢いよく振り下ろす。混乱している男に回避する術はない。
「な――」
「何が起こった」、その言葉は発声されることなく、鬼人の男は唐竹割りで真二つに斬って捨てられた。
しばらく男の死体を警戒していたベンは、男が絶命したことを確認しため息をついた。
(意識がある状態でのみ発動する特性。即死させれば発動はできないと考えたが、思った通りだったな)
あがった息を深呼吸で整え、剣を掲げた。
「勝ったぞ!」
冒険者たちもベンにならい、武器を掲げて歓声を上げた。
(相手が特性に慢心してくれていて助かった……)
ベンは苦笑いしながら、喜び騒ぐ冒険者達を見つめていた。