16 特務部隊
特務部隊の訓練は凄惨を極めたものだった。
準備運動と称して行われたのは、ハインツ対ヨナ、レネ、カール、ニコライ、寛介の模擬戦闘。
寛介は初め、本当に準備運動だと思っていたが、後にそれを呪うこととなった。
「まいり……ました……」
ボロボロになったレネがその場で倒れる。既にカール、ニコライも倒れている。
準備運動とは名ばかりで、壮絶な殺気をまとったハインツにより五分と保たず、立っているのはヨナと寛介だけだ。
「五人がかりでこのザマか」
「はぁ、はぁ、化け物め」
仁王立ちしている男を見ながらそう呟いた寛介も、満身創痍で気を抜けば今にも倒れてしまいそうだ。
どう戦うべきか考えていると、思いもよらない言葉が耳に入ってくる。
「今回はもう降参するしかない……」
ヨナがそう言ったことに、寛介は驚いた。
「なんでだ?」
「レネさんたちが敵わなかったのに、どう考えても俺たちだけじゃ無理だ」
「ごちゃごちゃと話している余裕があるのか!?」
ハインツがヨナに襲いかかる。既に諦めてしまっているヨナは攻撃を避けようともしない。
(勝てないのにわざわざあがいて無様を晒す必要はない。どうせ訓練だ、死ぬわけでも――)
「――何やってんだお前!」
寛介がハインツとヨナの間に割って入り、剣戟を受け止める。
「っ!?」
「ほう?」
寛介のその行動に、ヨナが感情的になって怒鳴りつける。
「何をしてるんだ! 馬鹿かお前!?」
「それはこっちのセリフだ、なんで勝手に諦めてんだ!」
「諦めたんじゃない、“次”勝つための戦略的撤退だ」
「はっ、攻撃を受けて敵の前で気を失って“次”も何もないだろ」
「っ!!」
寛介の正論に何も言い返せず、唇を噛むヨナ。
興味を失ったとばかりに寛介はハインツへ攻撃を仕掛けていった。
(どうしてだ? 絶対勝てないだろ、なんで向かっていけるんだ!?)
「彼は一ヶ月前までろくに戦い方も知らなかったそうだ」
寛介が諦めずにハインツへ仕掛けるのを見て混乱するヨナに、先程倒れたレネが声をかけてきた。
「そんなの、信じられません。確かに剣筋は素人に毛が生えたようなものですが、一ヶ月であの強さに成長するなんて、そんなことありえない」
「この一ヶ月で彼は二度、死に直面した。退けば大事なものを失う場面で、彼は自分よりも圧倒的に強い者に立ち向かった」
一度目は王国からの追手、二度目は魔族との邂逅。どちらも寛介には逃げるという選択肢は与えられなかった。その経験から、“諦め”と“死”は同じである、寛介は意識の奥底でそう理解している。
ヨナが特務部隊に配属されてから危険な任務が無かったわけではない。時には撤退を余儀なくされる場面もあったが、命の危険を感じた経験はなかった。
実力に応じた任務が与えられる軍で着実に持ち前の才能を伸ばし、力をつけてきたヨナだったが、いつの間にか失敗を恐れ挑戦する心を失っていた。
「そんな、でもこれは訓練で……」
「今、死ぬ気で隊長に向かえない者が、実戦で隊長ほどの強さの相手に遭遇した時、立ち向かえるか?」
「……」
「ヨナ、失敗から逃げるな、挑戦し続けろ。“撤退”とそれは明らかに違うものだ」
レネのその一言に、ヨナの眼の色が変わる。立ち上がったヨナの姿を見て、レネは薄っすらと笑みを浮かべていた。
猛烈な勢いで繰り出される寛介の攻撃は全てハインツにいなされてしまう。
「はぁ、はぁ……」
ハインツに攻撃されては数十秒ともたない、寛介は先程から常に攻め続けていた。しかし、全力でのダッシュが長く続かないように、攻撃の手もついには止まってしまう。
「終わりか? なら次は儂の番――」
完全に視界の外から飛んできた木剣を、ハインツは振り返りもせずに掴んで受け止める。
寛介が飛んできた方向を見ると、そこにはヨナが立っていた。
ヨナは先程のお返しとばかりに寛介を煽るように口を開く。
「偉そうな口を利いておいてもう限界か、カミヤ・カンスケ」
寛介は不敵に笑いながら、言い返す。
「遅いんだよ、やっと覚悟が決まったのか?」
「お前だけじゃ荷が重いだろうから、手伝ってやるよ」
ヨナは木の棒を構えて、寛介と相対するハインツの背面を取った。
「はっ、言ってろ」
寛介も木剣を構える。
その二人の様子にハインツがガハハと豪快に吼える。その音圧だけで肝から震え上がってしまう程の声だった。
「面白いどこまでやれるか見せてみろ、かかってこい小僧ども!」