8 死闘
カナエは右手の人差し指を立てて寛介に伝える。
「一週間だ。一週間でお前をそう簡単には死なないように鍛えてやる」
「……わかった」
拒否しても無駄なことを理解させられた寛介は不服そうにカナエを見て呟いた。
セガールがメソに引き返すのを見送った後、寛介が城に戻ると突如視界が奪われる。
「なんだこれは、今から何をするんだ!?」
寛介の声が反響するが、カナエからの返事はない。
「クソ、意味がわからな――」
悪態をつこうとしたその時、右脇腹が熱を帯びた。
「ぐっ!」
右脇腹に手を当てると、出血している、切り裂かれたようだ。
「な!?」
右脇腹を抑えていると次は左腕、右腿、と順番に切り裂かれていく。
「このやろ――」
寛介の喉に何かが噛み付いてきた。勢いで押し倒された寛介は動くことができない。このままでは死んでしまう、寛介の意識が遠のきそうになったとき、寛介の体を激しい痛みが襲った。
「ぐあああ!!」
激しい痛みだった。痛みが収まると先程までの傷が完治していた。カナエがヒールをかけたのだろう。
「趣味が悪いな、ほんと」
寛介が立ち上がると、今度は背中に痛みがはしった。
「くそっ、またかよ!」
止まっていると的にされると判断し、寛介は動き始めた。
寛介の背後から、何かの足音が迫ってくる。
「どうすりゃいい、考えろ、考え――」
それは背中に体当りしてきた、寛介は突き飛ばされ、壁に激突する。
脳震盪を起こしたのだろう、寛介はその場から動けず倒れ込んだ。だが何かは構わずに寛介に攻撃を仕掛けてくる、寛介の意識が再度遠のきそうになったとき、体中に痛みが走った。
「うあああああああああああっ!」
寛介はその場でのたうち回る。寛介の傷が癒えた頃、ようやくカナエが口を開いた。
「短い時間でヒールをかけ治すと、ヒールの効きが悪くなる。でも私のヒールは特別でね、効きは悪くならないんだ、だが――」
寛介はカナエが言い終わる前につぶやく。
「痛みが増している……、ドSの女王様みたいだな」
「くくっ、まだ嫌味を言える余裕があるのか。少し安心したよ」
「ふざけるな! 本当にこんなんで強くなれるとでも!?」
答えの代わりだと言わんばかりに、何かが砕ける音とともに左腕に激痛が走る。噛み砕かれたようだ、傷を押さえて、腕がまだあることに安心しながらも寛介は焦る。
「どうしろってんだよ、このままじゃ嬲り殺しだ。いや、殺す気はないみたいだがあのヒールの痛みに耐えられる気がしな――」
ポタッと液体が床を叩く音が背後から聞こえた。思わず寛介は前に飛んだ、受け身もまともに取れなかったが、初めて何かからの攻撃を避けることができた。
攻撃が避けられる、避けられるなら戦うことができる。その確信を持った瞬間に視界が広がった。
「ほう、もうオルトロスの[威圧]を克服したか。それにしてもオルトロスの口から垂れた自分の血の音で攻撃を察知するとは、運のいいやつだ」
カナエは驚いた様子でそういった。オルトロスは高位の魔獣である。高位の魔獣は特殊な能力を持っており、オルトロスの[威圧]は恐怖を与えて敵を弱体化させる効果を持っている。寛介はその効果により、先程まで視界がない状態にされていたのだった。
「だが、単純な戦闘でもオルトロスには――」
今はまだ敵うまい、そう思っていたカナエは更に驚くことになる。
寛介はおもむろに右へ横っ飛びした、オルトロスの背後からの突進攻撃を完全に回避したのである。
「そうくると、思ったよっ!」
回避されたことに焦ったオルトロスの一瞬の隙を寛介は見逃さなかった。鞘からダガーを抜きオルトロスに斬りかかり、オルトロスの右前足を落としたのである。バランスを崩したオルトロスはその場に倒れ込む。千載一遇のチャンスだと、寛介はとどめを刺しにかかる。
「死ね――」
「そこまで」
カナエが止めに入った。次の瞬間に倒れ込んだオルトロスの体が塵となって消えた、寛介が思わず振り向くと、オルトロスが先程斬り落としたはずの右前足を振り上げ、今にも寛介に襲いかかろうとしていた。カナエが止めたのはオルトロスだったのである。
「!?」
ぱちぱちと、カナエが手をたたく。
「驚いたぞ、半日でオルトロスに傷をつけるなんてね。第一段階は合格だ、第二段階は――」
緊張が解けたのか、左腕の痛みか、寛介は倒れ込んで意識を失った。
「ふふ、少しの間休むといい」
カナエは温かい目で寛介を見つめていた。