13 指定依頼③
「一体何が……」
ヨナはすぐに状況を把握できなかった。身体のどこも痛んでいない、つまり攻撃を受けたわけではない。
それではなぜ、自分は地に這いつくばっているのか、不思議で仕方がなかった。ヨナは答えを求めて、観客席のざわめきに意識を集中する。
「おい、今の、何をしたんだ?」
「わからない、カミヤが准尉の棒を掴んだと思ったら自分から倒れたようにしか見えなかった」
しかし観客席からは有用な情報は出てこない、ヨナは起き上がると土を払った。さらに強がるように寛介を睨みつけ、吐き捨てるように口を開く。
「どのような魔法を知らないが、まぐれでいい気になるなよ!」
「まぐれねぇ」
苦笑いを浮かべた寛介の態度に腹を立てたヨナが、額に青筋を浮かべて寛介に飛びかかる。
「ふざけやがって!」
飛びかかってくるヨナを見ながら、寛介は考えていた。
(ふざけてるのはお前だろ?)
寛介にとって、ヨナの動きはあまりにも遅すぎた。動きが目で追えるだけでなく、どこを狙って攻撃を繰り出そうとしているかも手に取るように理解できる。
「どうした!? 避けるのが精一杯か?」
「冗談だろ」
「っ!?」
ヨナは目を疑った。先程まで目の前にいた寛介の姿を見失ってしまったのだ。
「こっちだ」
素早い体捌きで消えるように側面に回り込んだ寛介は、振り上げていた剣を振り下ろす。ヨナは咄嗟に持っていた武器でガードをした。
「あっぶ――」
ギリギリで寛介の剣を防いだヨナであったが、寛介の攻撃はそれで終わらなかった。剣が防がれた寛介は、ためらうことなく、剣を防ぐためにがら空きになったヨナの腹に膝蹴りを入れる。
「グボッ!」
ヨナは肺の空気と共に、胃の内容物も吐き出してしまう。腹を抑え跪くヨナに寛介が追い打ちをかけるように剣を振りかぶる。
「ッ!?」
もはや避ける事はできない、ヨナに出来ることはただその迫り来る剣から目を離さないことだけだった。
ピタリと、ヨナの眼前で剣が止まる。
『そこまでだ。准尉、大丈夫か?』
伝声管から響き渡る声が、ヨナの敗北を宣言する。
それに合わせて観客席がどよめいた。
「准尉とはいえ特務部隊員がやられた!?」
「意外とやるじゃないか、カミヤ・カンスケ」
倒された当人は心中穏やかではない。怒りの矛先は誰でもない、自分自身だ。
(クソっ、完敗だ)
ヨナ・ベック准尉は自他ともに認める天才である。現に今まで同世代の人間に、彼に敵うものは一人もいなかった。その力を認められた彼は帝国軍へ入隊できる最低年齢の十五となり、入隊してすぐに特務部隊へ配属された。
特務部隊では、配属初日から隊長のハインツをはじめとした、人外と言ってもいいほどの強さの先輩隊員に、倒れるまで毎日しごかれた。その環境で折れずに、努力する天才となったヨナはメキメキと力をつけていった。
そして起こった帝国へ王国勇者と魔族の襲撃。部隊の任務で帝国を離れていたヨナは、その話を聞いて絶句する。自分の最大の壁であるハインツと合わせて帝国三本槍とも称されるフリードとマクローが、自分と同世代の男に助けられたという。
ヨナはその男の力がどれほどのものか知りたいと思った。だからこそ、フリードから特務部隊へ模擬戦闘訓練の依頼が来た際にハインツを説得したのだ。彼の目的は達成されたものの悔しさが残る。
「大丈夫か?」
寛介がヨナに手を差し出す。
「ふん、大丈夫だ」
ヨナは、その手を取らず少しよろめきながら立ち上がる。立ち上がったヨナの背後から低い声がかかる。
「ヨーナー……」
ビクッとヨナの背筋が伸びる。
「た、隊長、すみませんっ!」
ヨナの頭にハインツの手が伸ばされる。目を閉じ、罰を受ける覚悟をしたヨナの頭に大きな手が乗せられた。
「見た目に騙されるなぞ、儂もお前もまだまだ修行が足りんな。この男、かなりの死線を超えとるわ。カール、ニコライ、レネ!」
大声で残る三人を呼んだハインツがとんでもないことを口にする。
「お前ら三人で相手をしろ」
「はっ」
三人が揃って返事をする。今やその目に油断の色はなかった。
「フリード、文句はないな?」
『大佐の判断に任せます』
「決まりだ、なら早速始めるとするぞ」
「ちょ、三対一なんて無茶苦茶だ!」
『カンスケくん、大丈夫。自分の力を信じるんだ』
ハインツはもちろんのことだが、どうやらフリードも本気のようだ。これ以上食い下がったところでどうにもならない。マジかよ、とため息をつくことしかできなかった。