8 王国融和派
――時は少し遡り、大蛇を追い寛介が地下へ潜っている頃。マクスウェルは融和派内の幹部クラスを集めていた。
「それでは報告会を始めましょう。ベン、何か進展はありますか?」
マクスウェルの合図で会議が始まる。ベンと呼ばれた短い黒髪、壮年の男が立ち上がる。身長は百九十センチを優に超えている大男だ。左目から頬にかけて大きな切り傷があり、その目が開くことは無い。
ベンは二十年前に起こった独立運動による王国崩壊危機を、当時一兵卒として戦い抜いた、“現場”を知る人間だ。
統一派には“危機”を体験していても、実際の戦場に立ち、戦い抜いたものはいない。そこをつき、融和派の主張に説得力を持たせるためにマクスウェルが見つけたのがこのベン・ブラウンだ。
「おう、当時の仲間たちは融和派に賛同してくれるそうだ」
ベンはマクスウェルに依頼され、融和派の支持層を広げるために活動していた。ただし、賢者が第一王子を傀儡にしているなどという証拠のない真実を広めているわけではない。いかに融和派の主張に利があるか、筋が通っているかを懇切丁寧に説明して回っている。
戦場を生き抜いた者たちは、争いをきらい派閥から離れる傾向にあった。そこをベンが今、戦わないと悲惨な戦場が再現される可能性があることを一人一人に説明し、今回の成果が得られた。当然、安全な仕事ではない。
「ありがとうございます。しかし、話によると襲撃が絶えないそうですが……」
自由に動けず、仲間を危険にさらしてしまっている心苦しさに自然と声も暗くなる。
ベンはそんなマクスウェルの心配をガハハと気持ちの良い笑いで否定する。
「なーに、全員返り討ちにしとるから、心配はいらん」
一国の王子に対して不敬な態度であるが、これはマクスウェル自身が望んでいるものだ。とはいえ、ここまで割り切れるというのはベンの豪放な性格ゆえだろう。
このような好ましい性格の偉丈夫だが、誰からも好かれるわけではない。
「ブラウン殿、もう少し礼節を持たれてはいかがですか」
そう言って口を開いたのがベンを嫌う代表例、チェルノ・カーンである。赤黒い髪を耳が隠れる程度まで伸ばしており、ベンには及ばないものの、なかなか良い体格をしている。
カーン家は五大貴族であるが、貴族には珍しく融和派に賛同していた。チェルノは、当主代理として実働している。マクスウェルに心酔しており、第一王子よりもマクスウェルが王位を継承するにふさわしいと平気で公言してしまうので、今だカーン家当主を継げずにいるという噂が立っている。
「あー、はいはい。わかったわかった」
ベンはまともに取り合うことはない。その態度も余計にチェルノに腹立たしさを抱かせていた。険悪な空気が流れるのをマクスウェルが止めに入る。
「チェルノからも何か報告があるのでは?」
チェルノは顔を青くして、報告を行う。
「申し訳ありません、マクスウェル様。私からは一点ご報告があります。賢者が帝国へ月の勇者による襲撃を行いました」
月の勇者とは寛介の妹、美子が得た加護である。
マクスウェルは驚いた様子で質問する。
「勇者の洗脳に成功したということか!?」
チェルノが首を振って否定する。
「どうやら兄君への想いは完全に抑えることができず、帝国への襲撃を止められなかったようです。国内で爆発しないように、能力確認も兼ねた襲撃のようですね」
ガス抜きついでに帝国に侵攻されたらたまったものじゃないと吐き捨てるようにチェルノは言う。
マクスウェルは唖然としながら、「兄も兄なら妹も妹か」と苦笑した。
とはいっても、安心していられる状況ではない。
「なるほど、それで、どうなった?」
場合によっては即開戦もありうる、マクスウェルは背筋に冷や汗をかいているのを感じていた。
「月の勇者は捕らえられ、帝国から早馬で詳細説明と補償が求められたようです」
「なるほど、帝国はこれを口実に戦端を開くつもりはないということですね」
ホッと息をつくマクスウェル。チェルノはさらに話を続けた。
「勇者を名乗る者に関しては、リアン近くにある魔女の城と呼ばれている住居に住む占星術師のカナエというものが保護しているようです」
「占星術師カナエ――青髪の麗人」
その独り言がマクスウェルから出たことにチェルノが驚く。
「ご存じなのですか? その青髪の麗人という特徴が、先日賢者の密命を受け命からがら帰還したバーサクが言っていた特徴と一致しています」
そのバーサクの件で寛介本人から聞いていたのだから当然である。
しかし、次の一言はマクスウェルを驚愕させた。
「バーサクは伝言を預かって戻ってきたそうです。そしてその伝言は賢者に対して『これ以上調子に乗るなら星がお前を道連れにする』というものだったそうです」
「な!?」
「マクスウェル様、私の報告は以上です。加えて推察を申し上げます、占星術師カナエ殿は――」
チェルノが言い切る前に、マクスウェルが結論を口にする。
「星の勇者、ミリアム・プランケット殿!!」
その声は驚愕と歓喜が入り混じったものだった。