7 魔女の城
「でっかい城だなぁ……」
「いやいやカンスケ、城の大きさよりもこんなところに城がある方が驚きだろ……」
そんなことを二人が呟いていると、城の門が開いた。中から青い長髪の美女が出てきてこう叫んだ。
「ようこそ、お前が運送屋セガールだな。そちらの男が……なるほど」
寛介を舐めるように見た美女が指を鳴らすと、馬車の裏手に顔は牛で体は人間の魔獣が現れ荷物を運び始めた。
「荷物運びはミノタウロスにまかせておけば良い。セガール、寛介、ご苦労だったな。茶でも振る舞おう、入れ」
そう言うと、美女はこちらの様子にも構わず城の中に消えていった。その場に立っていても仕方がない、二人は城へ入ることにした。
「それにしても何で俺の名前を……?」
門をくぐると、そこはリビングだった。入ってきた扉と出てきた扉の大きさがどう考えても合わない。
「あれ? セガールさん、俺たち城に入ったよね?」
「あぁ、確かに城に入ったぞ」
ソファに掛けた美女が声をかける。
「遅いぞたわけども、茶が冷める、早く座って飲め」
言われるがまま二人はソファに腰掛け、紅茶に口をつけた。紅茶の味なんてわからない寛介であったが、どこか懐かしい味に感じていた。
「これが茶ですか? 信じられない」
セガールは紅茶を初めて飲んだようだ、美女は得意気に語る。
「これは紅茶と言ってな、お前らがいつも飲んでいる茶の素材へ行う処理を少し変えてやることでこのような茶になるんだ。苦労したぞ、知識としてはあったは実際にやってみるとこれがまた難しくてな」
とうとうと語る美女は誰にも止められなさそうだ。二人は諦めて茶葉の作り方を拝聴することにした。
そうしてあらかた説明が終わったところでセガールが切り出した。
「今回はご利用いただきありがとうございました、カナエ様。それにしてもなぜ新規参入業者のうちを利用してもらえたんでしょう?」
美女の名前はカナエというらしい。カナエは真面目な顔でこう告げた。
「星がそう言ったからだ」
「は?」
「え?」
二人は言葉が出てこないようだ。
「おい、可哀想な目で私を見るな。私の職業は占星術師、町のものからは魔女とか言われているが占い師という方が正確だ。ま、どっちでもいいことだがな」
一ヶ月前、リアンの町に着いたカナエは宿屋で休みながら星を読んでいた。するとその晩に魔獣が町を襲うと星が告げたらしい、しばらく滞在しようと考えていたカナエはその夜魔獣討伐に出ることにした。調教した二頭の犬型の魔獣オルトロスとミノタウロスを使役し襲ってきた魔獣の大群を討伐した帰りに、門番にその姿を見られてしまったらしい。その後、リアンの町からは追い出され、魔女と呼ばれ、この森のなかで引きこもっていたという。
「なんで、違う町に移動しなかったんですか?」
答えは想像できていたが、寛介はカナエに訪ねた。
「星がそう言ったからだ。寛介、私はお前に出会うためにここにいたらしい」
美女にそんなことを言われて赤面した寛介はうつむいた。そんな寛介をカナエがからかう。
「くくく、このセリフは童貞君には刺激が強かったかな?」
「盛り上がってるところ申し訳ないんですが、先にお代のほうを頂戴しても?」
そう言ってセガールが割って入る。
するとカナエが胸の谷間から小袋を取り出した。その仕草にさすがのセガールも顔を若干赤らめるが、失礼しますと言って小袋の中身を確認する。
「これはもらいすぎですよ、頂けません。約束では金貨三枚だったじゃないですか。十倍なんてメチャクチャですよ!」
金額を見て焦って言った。中には金貨が三十枚入っていたからだ。
それに対してカナエは凛とした声で言う。
「セガール、お前が寛介をここへ連れてきたこと、金貨百枚払っても足りないぐらいのことだ。何も言わずに受け取れ」
カナエは続ける。
「街道は掃除しておいた、今戻れば日が暮れるまでにメソに帰れるだろう。行くが良い」
「はぁ……、そうおっしゃるんでしたら。じゃあカンスケ、一旦戻ろうか」
「そうだね、カンダさんに金を返してからソロンへ向かおう」
二人がそう話しているとカナエが静かに言う。
「寛介はここへ残れ」
「俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ、ここには残れないよ」
「そうか」
カナエは寛介に小指でデコピンをした。寛介の体はものすごい力で後方に引っ張られ、壁に衝突した。
「ガハッ!」
吐血、首だけじゃない体中の骨が折れたのか呼吸もできない、死ぬ、寛介がそう思っているとカナエが話し始める。その右手の周辺の空間が歪み、何かがそこに集まっているように見えた。
「わかったかい? あんたは私の、ただのデコピンでそういう状態になった。加護持ち同士の戦闘っていうのはこういうことだ、あんたが盗賊を殺ったときみたいに正面からやればステータスの差で圧倒される」
カナエが右手を寛介に向けた、カナエの右手にあった何かが寛介に近づいてくる。
何かが寛介に到達すると、寛介の体はひどく痛み始めた。
「ぐぁあああああああ」
死ぬ、死ぬって痛いんだな。などと思っているとカナエが声をかけた。
「痛いだろ? ヒールってのも案外不便でね。痛みまでは緩和できないんだ、しかも完治するまでの痛みが一気にくるからその痛みで死んじまう人もいるんだよ」
呆然としていたセガールもようやく我に返り寛介に駆け寄る
「カンスケ! 大丈夫か?!」
「だ、大丈夫……」
痛みは既に消えていた、寛介は立ち上がりカナエを睨みつけた。
「なんのつもりだ、俺をどうしたいんだ」
カナエは楽しそうに笑っていた。
「くく、お前を強くしてやる。妹を守りたいんだろう?」