5 茶番劇
魔族を名乗る大蛇の身体が光りだした。光が収まると、身構えた寛介たちの目の前には美しい女性が立っていた。
カナエに引けを取らないスタイルや白い肌、白い髪に目が惹かれたが、寛介はすぐに目を逸らした。
「これが私の本当の姿です、空気中の瘴気を取り込んで身体の回復を早めるために大蛇に変身していました」
キアラはそのまま話を続ける。
「私は魔族ですが、故あって冥界軍から逃げてきました。ここに私がいると知れればきっと追手が――」
「そ、その前に」
寛介が目を逸らしながら、口を開く。それに被せるようにノノが大きな声で叫ぶ。
「服を着てください!」
「た、大変失礼しました」
「いや大丈夫だ」
キアラの顔が少し赤みを帯びている。寛介は「魔族も恥ずかしいという感情を持っているんだな」などと考えていた。真っ白で綺麗身体はまるで人間のようだが、前腕の中心程から手の甲に鱗がある程度だが蛇の特徴が見受けられた。
決して他意無くキアラを観察していた寛介は隣から妙な威圧を感じる。確認するとノノが寛介をジトッとした目で見ていた。
「ど、どうしたんだ?」
「――やっぱり大きいのが好きなんですね」
「え?」
ボソッと呟いた声を聞き取ることができず、寛介は聞き返す。
「いえ、なんでもありません」
素知らぬ顔でそう返答をするノノ。
寛介は首をかしげながら、何事もなかったかのようにキアラへ声をかける。
「話の続きを聞かせてくれ。キアラさん、追手が来るっていうのは一体どういう意味なんだ?」
キアラは落ち着かない様子で口を開く。
「私の家は冥界軍の動きに逆らった結果滅ぼされました。そして生かされた私は命からがらこの森へ逃げてきたのです」
そして地下を掘り、体を休めていたと説明する。明日にでも違う場所に移動しようと思っていたところにセガールたちと鉢合わせてしまい、やむを得ず騒ぎになるのを避けるために連れ去ったという。
キアラが壁に触れると、触れている部分が崩れて中が視認できるようになった。
「セガールさん!」
セガールや町人三名が眠らされている。特に拘束などはされておらず、怪我も負っていない。
「あなたの言う通りこの人たちは返します」
「あんたはどうするんだ?」
「一旦、国に戻ります」
そう言うキアラは少し不安な表情を浮かべている。その様子が寛介の中で妙に引っかかった。
「国に戻ってどうするんだ?」
「どうにもなりません」
「はっ?」
「冥界軍は裏切り者を許しませんから、家族と同様に処刑されるでしょう」
そう口にしたキアラは身体を震わせている。
「そんな、なら戻ったらダメじゃないですか」
信じられないとばかりにノノがキアラへ詰め寄る。寛介も同意見だった。ノノが言っていなければ寛介が尋ねていただろう。
「しかし、このままでは私を追ってきた魔族が人間に被害を及ぼします。それは嫌です……」
その言葉を聞いた寛介はガツンと衝撃を受けた。
魔族は人間を殺すもので人間と魔族は敵である。いつの間にかそう思い込んでいたが、よく考えてみれば人間も同じ人間を殺すし敵対もする。
種族が敵味方を決めるわけではないのだ。少なくとも目の前の魔族は人間に対して悪意を抱いておらず、自分の命を懸けてまで守ろうとしている。
「キアラさん、俺たちと一緒に行こう」
寛介がそう提案してしまうのは、当然のことであった。
セガールたちが目を覚ますと、目の前には衝撃的な光景が広がっていた。
「これで、終わりだっ!」
「ぐわっ、やられたー」
青年の決死の突進から、剣が大蛇に突き刺さる。大蛇は倒れ、動かなくなった。
大蛇が言葉を話したことに驚きはしたが、それ以上に町を不安に陥れていた元凶が倒れたことに先ほどまで自分たちが気を失っていたことも忘れてセガールたちは興奮する。
「やったぜ、冒険者さん!」
「皆さんは早く村へ、ノノ、送って差し上げろ」
「はい、ご主人様」
「一緒に戻ればいいんじゃないのか?」
セガールが冒険者の青年にそういうと、まだやらなければならないことがあるという。
「蛇の魔獣は、死骸と魂の処理をしないと土地が穢れます。私の仲間に祈祷師がいますので、その者の儀式が終われば――ああ、もう終わったようですね」
大蛇の死骸が光り始めたかと思うと、その光が消えたかと思うと死骸も消えていた。
セガールたちはそこに立っていた白い髪の女性に目を奪われる。
「リーダー、終わりました」
「ご苦労様、それでは皆さん、村の入り口までお送りいたします」
洞窟から出ると、少し西日が強くなっていた。