4 蛇の魔族
通路を抜け、開けた場所では大蛇が器用にとぐろを巻いている。驚くべきはその大きさだ。
「何が俺くらいの大きさだ、軽く三、いや四倍はあるじゃないか」
村人を責めることはできない。おそらく彼が見たのは蛇の体の一部だったのだ。
大蛇は寛介たちを威嚇するように口を開いている。しかし、すぐに襲い掛かってくる様子はなさそうだ。その体には傷が多数ついており、大蛇は万全の調子ではないように見える。
とはいえ、伝わってくる瘴気の濃さが予断を決して許さない。寛介やノノと違って瘴気を視覚で確認できるナルは、よほど恐ろしいのか震えていた。
「ノノ、少し下がるんだ」
寛介の隣で双剣に手をかけていたノノにそう声をかけると、わかりましたと後ろに下がり背負っていた弓を手に取る。本当は手を出さずに隠れていて欲しかったが、おそらく言っても意味がないだろう。諦めた寛介は意識を大蛇に戻す。
大蛇は見るからに硬そうを切り裂くのは容易ではないだろう。万全な状態なら手も足も出なかったかもしれない。
(だがこの状態なら傷口を狙えば……)
慣れた手つきでバックパックからルーンナイフを取り出し、大蛇の傷口めがけ投擲する。寛介の睨んだとおり、ナイフははじかれることなく大蛇の肉へ突き刺さった。
一瞬ひるんだ様子を見せた大蛇が、反撃とばかりに口から液体を飛ばしてくる。
「っ!」
幸いにも大した速さではない。寛介はそれを問題なく回避できたものの、地面に命中したその液体を見て背中が冷たくなる。
液体はジュっと音を鳴らして地面を溶かしながら泡立っている。どうやら強い溶解性を持った液体のようだ。
「ノノ、離れてても気を抜くなよ!」
「はい!」
攻撃の機会を窺いながら大蛇を観察する。
大蛇の方も威嚇の意味が無いと判断したのだろうか、口を閉じて何かを考えこむかのように動きを見せない。
膠着をきらった寛介は、ルーンナイフをさらにもう一本取り出して狙いをつける。
それを投げようと振りかぶると、大蛇が思いもよらぬ行動に出た。
「――待ってください、争うつもりはありません」
「!?」
大蛇が発声したことに一同は驚愕する。
しかし、争うつもりがないと言われても信じることなどできない。寛介たちの警戒が解けない様子を見て大蛇はさらに言葉を続けた。
「本当だ、私は君たちに危害を加えません。ここで体を休めているだけなんです」
どうやら嘘をついている様子はない。恐る恐る寛介は対話を試みることにした。
「争わないで済むなら、それ以上のことはない。俺たちは昨日お前がさらっていった村の人間を返してもらいたいだけだ」
「わかりました。ただ、身体を休めている間、騒ぎにしないでほしいのです」
あまりにも呆気なく承諾した大蛇だったが、残念ながらその条件は飲めるものではない。既に騒ぎになっているのだから。
「それは無理だ、大蛇がこの森にいるということは既に噂になっている」
寛介が正直にそう話すと、大蛇はわかりやすく焦り始める。
「なんてこと……。皆さんすぐに逃げた方がいいです、巻き込まれてしまいます」
「どういうことだ?」
大蛇の不穏当な発言に、寛介は説明を求める。求められるがまま、大蛇は寛介に正体を明かす。
「私はキアラ・ラ・ナーガシュ、魔族です」