2 森へ
「……」
部屋の中は重苦しい空気に包まれ、ホリー、寛介ともにその沈黙を破ろうとはしない。
約一か月前に起こった出来事を考えれば当然のことだった。寛介はホリーたち親子を守るためとはいえ、許可も得ず目の前のいたいけな少女の服を剥いでいる。
このような時に良くも悪くも空気を読まずに口を開けるのがナルである。
「なんか雰囲気悪い~」
寛介は意を決したかのように頭を下げる。
「ホリーさん、先日は本当にすみませんでした」
「そのすみませんってのは何に対する謝罪なの?」
ホリーが言っているのはごまかすなということなのだろうと判断し、寛介は改めて言い直す。
「王国に追われる身で迷惑をかけた挙句、恥ずかしい思いをさせてしまったことを謝罪させてほしい」
顔を一瞬赤く染めたホリーだが、幸い寛介には気付かれていない。ホリーはため息をつくと、呆れたように話し始める。
「恩人が無実の罪で悪く言われるのを、黙って聞いてないといけない気持ち、理解できる?」
「……」
「あんな思いをするくらいなら、町から追い出された方がマシだって思うくらい悔しかったし、悲しかったよ」
自分のことを想いって涙で目をにじませているホリーにかける言葉を寛介は見つけることができない。
「本当にごめん」
そのように謝ることしかできなかった。
「バカ、謝ってほしいわけじゃない」
再度、その場がひっそりと静まり返った。
そして沈黙を破ったのはホリーだった。すっきりしたのか、重苦しい雰囲気は消え失せている。
「それにしても、王国に追われていたのに無事で本当に良かった」
「仲間に恵まれて、助かったんだ」
寛介がそういうと、ホリーがノノとナルの二人へ視線を向ける。すると突然寛介を半眼でジトっと見つめる。
「そういえば、ご主人様とかカンスケ様って呼ばれてたけど、もしかして奴隷を買ったの?」
この世界では奴隷は法を犯すものではない。しかし、奴隷解放を題目に掲げている活動家も存在する。ホリーはそのような活動家ではないが、奴隷二人が美少女である点に関しては何か言いたげな様子だ。
「違うって、こいつらは奴隷じゃなくて仲間だよ」
汚名を着せられた寛介は否定するのに必死だ。その必死に否定する様子も火に油を注ぐようなものなのだが、寛介はそれが理解できるほど大人ではない。そもそも、ホリーが“何”を問題視しているのかも理解できていないのだ。
楽しい(寛介はきっと否定するだろうが)会話も長くは続かない、恩人と再会できた喜びもつかの間に、ホリーは表情を暗くする。そのような彼女に寛介が本題に入ろうとばかりに尋ねる。
「ところでホリーさん、いったい何があったんだ? 大蛇の魔獣が出たって聞いたけど」
先ほどまで話を聞いていたナルが、何度も話すのは辛かろうと判断し割って入る。
「町の人たちが、昨日森に入ってから帰ってこないらしいの」
ナルの話によると、昨日の昼過ぎ寛介たちが森の奥を探索していた頃、魔獣の情報を集めるために町の有志で森へ調査に入ったそうだ。危険だからと反対する者もいたが、自分たちの町で起こっている問題を黙って座視することはできなかったのだろう。
「なんて危険なことを……」
結果、日が暮れても、今日になっても調査に入った者が戻らないので大蛇に襲われたのではと騒ぎになっているそうだ。
「そしてその中には、ホリーさんのお父さんもいるみたい」
「セガールさん……」
ホリーの表情が暗いのだから当然そうだろうと、寛介は心のどこかで思っていたがはっきりと声に出されるとやはりショックなようだ。
「でもおかしいです、その時うちたちも森の中にいましたけど、魔獣なんていませんでしたよね?」
斥候として働いていたノノにとっては、自分が大蛇の魔獣の気配を感じられなかったなど信じられなかった。
「そうだな、だとすると気配を消せる魔獣か、厄介だ」
話を聞いていたホリーが横から割って入る。
「ちょっと待って、カンスケも森の中にいたの? なぜ?」
「俺たちは帝国自治協会から派遣されてきた冒険者だ。昨日村に着いて、森を探索していたんだ。きっとセガールさんを見つけてみせるから安心してくれ」
「そんな、危険だよ」
「大勢に囲まれる中でも二人は俺を信じてくれた。その恩返しがしたいんだ。それに俺もそれなりには強くなったらしい」
完全に自分を信じられるようになったわけではないが、フリードの言葉を思い出して寛介は笑う。
「なら私も――」
「それはだめだ」
大きな声を出したわけではない。ただ静かにホリーの目を見つめながら言うその一言に、ホリーはそれ以上の言葉を紡ぐことはできなかった。
「行こう、ノノ、ナル」
その寛介の言葉に二人は森へ入る準備を始める。寛介も森へ向かう道中、町で騒ぎを起こさないよう、今度はきちんと変装を行った。
「じゃあホリーさん、行ってくる」
「怪我しないでね」
町の出口でそのように言葉を交わし、寛介はセガールを救出すべく森の中へ入っていった。




