64 次の一手
「――というわけだ。簡単にまとめたが、理解できたか?」
カナエは話の途中でマリアが用意してくれたグラスを手に取り、中の茶をゴクリと飲み干した。簡単にまとめたとカナエは言うが、二時間弱喋り続けたのは喉にかなり負担がかかったのだろう。
「難しい……。ともかく、賢者は勇者の力に固執している、何が目的かははっきりとはしないけどっていう理解でいい?」
「ああ、更に加えるとしたら勇者の利用実験に合わせたかのような、タイミングの良すぎる魔族の侵攻。賢者は魔族と繋がっている可能性もある」
カナエのその一言に、寛介はゴクリと息を呑む。
「今この大陸で冥界軍に伍する力を持つのは我らが帝国だろう。しかし勇者の力を得た王国と冥界軍が手を結んだとなれば話は別だ」
フリードが冷静に戦力を分析してみせる。一部の将官が聞けば激怒するような、的を射た分析だった。
「それにしても、やっぱり美子に対する帝国の“判断”が優しすぎる気がする」
カナエが「お前がそれを言うか」とでも言いたげに笑う。
「例え妹殿を“殺せた”としても、新たな勇者が召喚されるだろう。それでは意味がない」
「それで?」
「召喚した勇者が生きている限り、新しい勇者は召喚できないと聞いている」
賢者の勇者召喚の儀式は年に一度が限度、ただし召喚した勇者が死亡した場合はその限りではない。
つまり、少なくとも美子が生きている限りは王国に勇者という超常の戦力は存在しないということだ。召喚された人物が二人だけであるという前提付きではあるが。
「それだけでも十分なメリットだが、さらに我々は君に恩を売ることが出来ると考えている」
寛介の眼が細められる。
「俺に恩を売ったところで、何も得るものは無いと思うけど」
「不確定要素を減らすことが戦争には重要だ。少なくとも敵ではないということが確定するだけで十分だ。それに自覚がないようだから一応言っておくが、カンスケくんは戦力として非常に強大だ」
真面目な顔で言ってのけるフリードに、ありえないと首を振って否定する。
「俺の加護は[無能]、弱い魔獣ならまだしも、バーサクやボーマンっていう奴らには歯も立たず殺されかけた。さっき勇者の力を持った美子とやり合えたのもナルの力があってこそだ」
そのように話しながら九死に一生を得た戦いが脳裏に蘇る。震える足を気取られないようにするのが精一杯の様子だ。
より力があれば、ノノを傷つけることや悲しませることもなかった、美子をもっと早い段階で助けることもできたと寛介は自分を責めている。だから寛介は自分の力を信じることができない。
「だが君は生き残った。それが紛れもない君自身の力だ」
「まぁ待ちな」
話を聞いていたカナエが割って入る。ただ出したのは口ではなく、目にも留まらぬ速さの鉄拳だった。完全に虚をついたその一撃はまず避けることはできず、直撃は避けられないだろう。
「うぉっ!?」
しかし、顎を捉えたかに思えたその拳をすんでのところで寛介は避けてみせる。
「っ!?」
攻撃の対象となった寛介はともかく、フリードまで絶句する。
「何をするんだカナエさんっ!?」
「フリッツ、今の一撃お前に避けられたか?」
人の悪い笑みでカナエがフリードに尋ねた。答えなどわかりきっている様子だ。
フリードはやれやれとため息をつく。
「はぁ、無理に決まってるだろカナエ。完全に不意打ちじゃないか、逆にどうして彼が避けられたのかが不思議だよ」
「と、いうことだそうだ寛介。自分の力を過信しないのは大事だが、疑いすぎるのも問題だぞ」
カナエのその一言に、[無能]という加護から自分の限界を勝手に定めていたことに寛介は気付かされた。そのスッキリとした表情を見て満足したのか、カナエは席に着いて茶を飲み始めた。
頭がクリアになった寛介はマクスウェルとの約束を思い出し、これまでの情報と合わせて結論を導き出す。
「美子が“使える”状況なら今すぐに。無理だったとしても、一年後に王国で王位選挙が行われる。そこで賢者の傀儡である第一王子が実権を握れば、賢者は新しい勇者を召喚し、結局は全面戦争に打って出るつもりか」
カナエは上出来だと言わんばかりに頷いた。
「ああ、なぜこの段階で制御が確実でない勇者を前に出してきたのかは不明だが、ともかくこれはチャンスだ。期限は十一ヶ月弱、その間に賢者と第一王子を失脚させて第二王子マクスウェル・バルスタを王位選挙で勝たせる策を練る必要がある」
「帝国としても、本来であれば王国と事を構えるつもりはない。わざわざ魔族につけ入る隙を与えることはないというのが皇帝陛下の考えだ」
「私の当面の目標は二つ。一つはお前の妹にかけられているであろう洗脳魔法を解析し、対抗魔法を考える。成功すれば一番良い証言になるだろう? もう一つは――」
「あのボーマンとかいう魔族を拷問して情報を取り出す」
寛介が説明は不要とばかりに口を開く。カナエの過去の話を聞けば何を企んでいるかはわかりきった話だった。
サディスティックな笑みを浮かべるカナエは心から愉快そうだ。そこには寛介の成長への喜びも含まれているのだが、もちろん彼に伝わることはない。
普通であれば恐ろしいはずのその表情を、カナエの整った顔のせいか魅力的に感じてしまった寛介は冷静になれと自分に言い聞かせ、誤魔化すようにして口を開く。
「そ、それはともかく俺はどうしたら良いんだ?」
「さぁ?」
カナエは関心なさげにそう言うと、そんなことは自分で考えろと追い打ちをかけてくる。
あまりにも不親切なその言い様に、呆れたようにフリードが補足する。
「カンスケくんには自由に動いて情報を収集してもらおうと考えている」
「なるほど、って結局は自分で考えて動けってことじゃないか」
「まぁそうなる」
フリードは爽やかな笑みを浮かべている。しばらく考えた後、寛介は覚悟を決める。
「やれるだけやってみるしかないか、まずは――」
寛介の腹の音が響き渡る。顔を真っ赤にした寛介は恥ずかしそうに口を閉ざしている。
「そうだな、まずは腹ごしらえが重要だ」
「いや、そうじゃなくて」
寛介は否定しようとするが、フリードもカナエも話を聞く気はないようだ。
必死で言い訳をする寛介だったが、思いもよらない人物にとどめを刺されることになる。
「あら、話は終わった? ならご飯たくさん作ったから、お腹いっぱい食べてちょうだいね」
「……いただきます!」
机に次々と並べられていくご馳走を、寛介たちは胃袋に収めていく。カナエとフリードも久々のマリアの食事に舌鼓をうった。
「美味しいですね、カンスケ様」
食べていると、ノノが無邪気に寛介にそう語りかけてくるので何も考えずに「そうだな」と返事をしようとすると、隣に座っているナルに脇腹をつねられる。
「痛っ!!」
『ほんと女心がわからないご主人様ね、そういう時は「ノノの食事のほうが美味しいよ」って言わないとダメじゃない』
そう脳内に直接語りかけてくるナルを少し睨みながら、急に叫び声を上げた寛介を怪訝な顔で見ているノノに向けて注文通りの言葉をかけた。
「そ、そんなカンスケ様、それは流石にマリアさんに失礼ですよ~」
効果は絶大だったようで、マリアに気を遣って寛介を諌めるような口ぶりだが、しっぽをブンブンと振って喜びを表してしまっているので台無しだ。
『ね? 私の言う通りだったでしょ?』
『いや、これでいいのか?』
寛介はノノやナルの楽しそうな顔を見て満足感に浸っていた。
課題は残ったとはいえ目的だった美子との再会も果たすことができた。これもマクスウェルを始め、出会ったすべての人のおかげだと寛介は感謝する。
その人々に恩を返すためにも、賢者が何かを企んでいるなら必ず阻止してやろうと寛介は決意した。
王宮内の賢者の私室で怒号が響き渡った。報告を行った部下が恐怖に震えながら跪いている。
「また、してやられたというのか、星の勇者に! しかもあの不良品にまで良いように!」
「も、申し訳ありませんっ!」
部下がそう謝罪をするが、失敗の原因は自分自身にあると理解していた。
思考を整理した賢者は落ち着きを取り戻して部下に指示を出す。
「良いでしょう帝国は後回しだ、二度と邪魔をできないようにまずは星の勇者を消します。なんとしてでも星の勇者の居場所を突き止めなさい」
「しかし、我が国の戦力では勇者には――」
「安心しなさい、戦うのは我々ではありません」
そう言ったガウスは酷薄な笑みを浮かべていた。
これにて第一章「逃亡編」完となります。
次回より第二章「王位継承編(仮称)」をスタートさせます。
今後ともよろしくお願いいたします。