63 亡命
道中、魔獣の群れに遭うこともあったが問題なく処理し、馬車で走ること一日、一行は昼前に目的地のシールへ到着した。王国の領土で、帝国へ直接繋がる航路を持つこの町は、商人や冒険者などで非常に賑わっている。
ニカに連れられて入ったのは、町の北にある宿屋だった。
威勢のいい女性の声が響き渡る。
「いらっしゃい! ってニカじゃないか、仕事は終わったのかい?」
「ああ、問題なくな。お二人さんは部屋にいるかい?」
ニカは親指を立て二階(宿は二階建てで、一階が受付や食堂、二階に部屋がある)を指す。
「よほど心配なのか降りてきたり、上がったりを繰り返してるけどね。今は部屋にいるはずさ」
「そうか、ありがとよ。ミリアム、紹介が遅れたなこのおば――」
どす黒いオーラが見えてもおかしくない程、殺意のこもった視線に命の危険を感じてニカは言葉を選び直した。
「こちらの見目麗しい女性はヘレン、この宿の女主人だ。“面倒事が大好き”なとてもいい人だ。ジュスト殿とコレット殿はここで休んでもらってる」
「そこまで言われるとわざとらしいんだよ」
ニカの頭に左の拳骨が落とされる。
「それに誰が、面倒事が大好きだって? お前たちがいつも持ち込んでくるんだろうがっ」
追加で右の拳骨が落とされ、ニカは頭を抱えながらうずくまる。もちろん演技だ。
「あんたがミリアムだね、話は少しだけ聞いてるよ。早く顔を見せてやんな」
「ヘレンさん、ありがとうございます。また後でゆっくりお礼を言わせてください」
ミリアムとニカはジュスト、コレットが隠れている部屋の扉をノックした。
『どうぞ』
中からジュストの声が聞こえてくる。
ミリアムは声が聞こえたかと思うと、扉を開け中に入る。両親の姿が目に入ると、涙を流しながら抱きついた。
「ご無事で良かったです、父上、母上」
「おいおい、ミリアム、もう良いんだぞ?」
ジュストのその言葉に、ミリアムの頭の中に疑問符が浮かぶ。その様子にコレットが助け舟を出す。
「王国を出るのだから、もうミリアム“ちゃん”に戻っていいってことよ」
(戻る……?)
今度はニカの頭の中を疑問符が占める。
「そうですね、それでは」
ニカの目の前にいた中性的な美少年の胸が膨らみ、髪の毛が伸びていく。みるみるうちにミリアムは美しい女性に姿を変えたように見えたが、もちろん姿を変えて見せていた魔法を解いただけである。
「今まですまなかったな、ミリアム」
「いえ、とんでもありません父様、男として生きるのも良いかなと思うようになってきていましたので」
「ダメよ、そんなの!!」
コレットがミリアムをギュッと抱きしめると、必死の形相で熱弁をふるう。
「こんなに可愛いのに、そんなのもったいないわ!?」
「確かに!」
ジュストも力強く頷く。
本気なのか冗談なのかわかりにくい家族の寸劇を目の前で見せられていたニカが割って入る。
「お、おおお、お前女だったのか?」
目の前にいた男性が女性に変わったのだから、もっと驚き慌ててもおかしくない。にも関わらずギリギリで耐えているニカは流石というべきだろう。あまりにも衝撃的すぎて、処理しきれていないだけかも知れないが。
「そうか……、ライス商会のどら息子をどうにかするとっておきってのはその姿か、こりゃとっておきだ」
ミリアムの身体を上から下まで見回して、ニカはそう呟く。
騙していた形になることは間違いないので、ミリアムはなんと答えたものか思案していた。
「すげぇな! 常に魔法で姿を変えながら生活なんて出来るのかよ」
ところがニカは騙されていたことなど気にも留めず、ただただミリアムの技量の高さに驚くばかりだった。
「あ、ありがとう? それよりも理由を知りたいとか思わないのか?」
ニカは少し考えるが、申し訳なさそうに口を開く。
「うーん、正直言って、どうでもいいな」
特に気を遣っている様子もないので、心からそう思っているのだろう。「世の中には色んな人がいるんだな」などと思いながら、ミリアムはその言葉に甘えて気にしないことにした。
「それよりも、この後が問題だ。帝国に亡命するにしてもそう簡単にはいかないだろ? 何か伝手があるのか?」
もちろんそのようなものはない。返ってくる答えが読めていたかのようにニカが提案をする。
「なら帝国の西にある村で孤児院を開いているマリアって婆さんを尋ねればいい、なんとかしてくれるはずだ」
それはミリアムにとって願ってもない情報だった。
「ありがとうニカさん、でも余裕もないし、情報代は払えないけど?」
「そうか、サービスのつもりだったが、支払ってくれるってならおじさんと一晩どうだい?」
戯れで言ったその一言に反応したのはジュストだった、殺意のこもった視線をニカに向けている。
「ニカさんのことは嫌いじゃない――」
ジュストの顔が絶望に染まる。この世の全てを諦めたような顔だ。
「だけど、相手は自分に勝てる男って決めてるんでね」
「はっはっはっ、なら一生嫁に行けねぇなぁ! 親父さんも安心だろうぜ」
豪快に笑うニカ、その様子を見てミリアムも楽しげに笑っている。
「とまぁ冗談はこれぐらいにして、“真っ当な仕事”を斡旋してくれた礼さ。おかげで下の者も安心して食っていけるからよ、本当に感謝してるぜミリアム」
ライス家の用心棒という仕事は、危険もあるがその分報酬もしっかりとしている。
そもそも危険な仕事はニカが引き受けているので、彼の部下は傭兵時代と違って命の危険に晒されることが少なくなった。
「そういうことなら遠慮なく受け取っておくよ、オリトンさんによろしく」
二人は強く握手を交わすと、ニカはいち早く第二王子にエーベルの身柄を渡すためと町を出発した。
ミリアムたちも昼過ぎに出る帝国への最終便に乗船するために港へ向かう。入国検査もあったが、来るもの拒まずのスタンスである帝国へは問題なく入国できた。
ニカからもらった情報もあったが、何も努力せずに他人を頼ることを嫌ったミリアム一行は一旦は自力で帝国での住処を探してみることにした。
「空き家ですか? うーん、三人家族が住める家となると今すぐは難しいかもしれませんね」
しかし、ここ最近の帝国への移住希望者の増加により空き家はほぼ無いという。
何軒かの不動産屋をあたってみたものの成果はゼロで、結局はマリアを頼ることになった。
「どなたですか?」
マリアの孤児院を訪ねると、出てきたのは精悍な顔つきをした青年だった。
「私はミリアム・ブランケット、こっちは私の両親です。ニカ殿にこちらを紹介していただいたのですが、マリアさんはいらっしゃいますか?」
「ニカ兄さんの!? 少しお待ちを――おーいマリア婆ちゃん!」
ニカの名前を出すと、青年は家の中へ戻っていった。中から大きな声でマリアを呼ぶ声が聞こえてくる。しばらくすると扉が開き、中から老婆が現れる。
「お待たせしてごめんなさいね、どうぞ中に入って頂戴な」
その後、マリアにより村の空き家が斡旋され、ミリアムたちは住処を確保することができた。
数年が経った頃、王国の調査を続けていた彼女は、賢者主導で大きな計画が動いていることを知る。その計画にきな臭さを感じてさらに情報を集めると、勇者を異世界から召喚する計画が発覚した。
あの事件が原因でミリアムが亡命したことにより、王から罰を受けた賢者は息を潜めるように動きを見せていなかった。その賢者が動き始めるということは何か重大な事が起こる。そう確信したミリアムは、[星読]が告げる通り魔女の城を建てたのだった。
そしてミリアムはそこで占星術師カナエとして寛介と出会うことになる。