62 逆転の一手②
――亡命を決めたミリアムと両親が、まず考えたのは領民の安全だった。
管理者を失った土地は王国が接収し、王国が直轄で管理するか土地を割譲された他の貴族が管理するかのどちらかになる。
どちらにしても、対策しなければ賢者の息がかかった者に管理され、領民に危険が及ぶ可能性はゼロではない。ミリアムにはこれを解決する方法を持った者に心当たりがあった。
「そんな! 賢者様が!?」
マクスウェルが目を丸くして驚いている。
「いや、でも動機が無いわけでもないか……」
「動機?」
「はい、先日お話した王国内の派閥争いについてですが、兄上が統一派を取りまとめているというお話は覚えておられますか?」
ミリアムは首肯する。ミリアムはマクスウェルから第二王子として融和派を支援して「世界平和を目指す」ことを決意したと聞かされていた。
「兄上へ“助言”を行っているのが賢者様だという話を聞いていまして」
「なるほど、第一王子は賢者の傀儡ということか」
マクスウェルの気遣いに隠れた真実をミリアムは遠慮なしに言い当てる。
「はは、まぁそういうことですね。それであの、兄はあまり国民の皆さんからは評判が良くなくて……」
第一王子ジェームズ・バルスタは享楽家として有名だった。全てを楽しいか楽しくないかで判断し、統一派の旗頭をしている理由を尋ねられ、
「人が争って醜く戦うのを見るのが楽しいからやっている」
と言い放ったらしい。
「恐らく賢者様は統一派の求心力を高めるために、勇者というわかりやすい像を求めているのではないかと思います」
「それを聞いてさらに気持ちが固まったよ」
マクスウェルは悲しそうな顔で呟く。
「何も手助けをできないのが情けなくてたまりません」
「いや、マックスにしかできないことがある。領地をライス商会のオリトンに任せようと思うんだが、その後押しをしてほしい」
「なるほど、しかし賢者様は大反対するでしょうね。父を説得する材料が必要です」
「私の両親を捕らえに来るであろう刺客を返り討ちにして捕縛する。それを使ってくれればいい」
ミリアムは計画の全容をマクスウェルに説明する。あまりにも自身を顧みないその計画に、マクスウェルが反対を唱える場面もあったが、最終的には納得して全面的に協力を取り付けることに成功した。
マクスウェルは話の最後で気まずそうな顔で呟く。
「正直な話、こんな事を言えば賢者様と同じなので言いにくいのですが、ミリアムさんと共に平和な世界を作れればいいなと考えていたので残念です」
「私がいなくてもお前なら大丈夫だ、その夢叶えてみせろよマックス。私もいつかは賢者にやり返すつもりだ、星の導きがあれば再度会うこともあるだろう」
「……ミリアムさん、ご武運を」
「ああ、頼んだぞ」
「ありえんっ、そんなことありえるはずがない!」
ミリアムは面倒くさいのか投げやりな態度で返答する。
「別に信じる必要はない、ともかく、お前もマクスウェル王子の“証拠”の一つになってもらう」
抵抗するエーベルをものともせず、縛り上げて無力化したミリアムはニカに声を掛ける。
「馬車は無事?」
「ああ、傷一つ無かった、運転も任せな」
「良かった、なら私は中で“この人”を“素直”にしておく。牢でのお礼もしたいからな」
綺麗な笑みを浮かべているが、そこから垣間見える悪魔の気配をニカは見逃すことはない。震える声を抑えながら「任せろ」と一言言うのが精一杯だった。
「ひっ、や、やめてくれ」
「大丈夫、全部幻覚だから身体にダメージはない」
ミリアムがエーベルを引きずるようにして、馬車まで連れていく。その顔はまるで子どもが新しいおもちゃを買ってもらったかのような、楽しそうな顔をしていた。
「朝日が綺麗だ、よく見ときなよエーベル・アントナ。最後の朝日かもしれないからさ」
その言葉を聞いたエーベルは、この後自分が見る悪夢を想像しブルリと震える。まだ彼は心の何処かで、賢者が助けてくれると思っていたが、それが誤りだということにすぐに気付かされることになる。
「ア”ァアア”ァアア”ァァァ!!」
道中、馬車の中から恐怖、懇願、後悔、反省、様々な感情を含んだ声にならぬ声が聞こえてくる。
ニカは何も聞かなかったことにし、今後絶対にミリアムを怒らせないと心に決めた。