61 逆転の一手
――ミリアムのもとへ『五大貴族マティス家及びアントナ家に謀反の恐れあり。ブランケット殿におかれましてはアントナ家の調査を行われたし』という依頼が王国から届いたのは突然のことだった。
「アントナ家が謀反だと!? ありえん!」
ジュストが依頼内容を聞くと、非常に驚いた様子でそう言った。コレットも隣でうんうんと頷いている。
「どうしてそう言い切れるのですか?」
当然、ミリアムとしては疑問を持った。
「アントナ家の現当主、エーベル・アントナ様が賢者様を崇拝しているというのは皆に知られていることだわ。あの方が王国に弓を引くとは考えにくいわね」
混乱するジュストの代わりに、コレットが答える。ジュストはそれを継いで更なる情報を出す。
「それに先日の五大貴族会議で、俺は『王国、いや賢者様に隠し事など無礼ではありませんか!』などと絡まれ続けたからな、やつが反乱など起こすとは考えにくい」
落ち着いたのだろうか“ありえない”が“考えにくい”と弱くはなったが、何かの間違いだという気持ちは変わらないようだ。ちなみに、五大貴族会議には、まだ社会勉強が足りないということで当主代理としてジュストが参加している。
「ミリアム、きな臭いぞこれは」
「ええ、そうですね」
その言葉に頷いて、ミリアムは考え込む。
勇者の加護を持つミリアムはすでに王国内で最高戦力といっても過言ではない。賢者が個人的に動かせる戦力は不明だが、依頼中の事故を装って害することは簡単ではない。
(狙いは父上と母上。私の留守中に二人を捕えて、交渉材料にするつもりか)
もちろん、ミリアムが依頼を断ればこの計画は破綻するだろう。
しかし、調査依頼を断ればプランケット家にも叛意ありと付け入る隙を与えることになる。
(賢者が王国にいる限り、私たちに安寧の日々はないか……)
もはや家族を守るためには賢者を討つしかない、と極端な思考がミリアムの脳内を占めていく。
「――アム?」
(王宮に忍び込んで、賢者を殺害する。賢者の戦闘能力が不明なのが問題――いや、私よりも強いならこのような面倒な手段は取らないはず……)
「しっかりしなさいミリアム!!」
突然の叫び声が響き渡る。それに驚き我に返ったミリアムとコレットの目が合った。
「お母様……?」
「とても怖い顔をしていたわ。いったい何を考えていたの?」
賢者を殺す算段をしていたなど言えるはずもない。答られずに口ごもる娘を見て、ジュストが割って入るように語り掛ける。
「俺はお前に家督は譲ったが、一人で抱え込むな。俺たちは家族なんだ、悩みがあれば相談すればいい」
「お父さんの言う通りよ、皆で考えたほうがきっといい結果が出るわ」
二人の言葉を聞いて、前世の記憶がまるで“思い出せ”と声を上げるかのように蘇る。
(そうだ、“父さん”と“母さん”のためにも同じ過ちは繰り返さない)
その後の家族会議は夜が更けるまで続いた。しかし、そうしてミリアムたち三人が出した結論は非常にシンプルなものだった。
「王国から脱出しましょう」
ミリアムから仔細を聞かされたエーベルは信じられないと首を振って否定する。
「馬鹿な! 貴族が領地を捨てるなど、正気なのか!?」
「理解が正確ではないな、“捨てた”のではなく“信用できる者に任せた”んだよ」
「それが商人ならば捨てたのと変わりないではないか! それに商人が土地を持つなど認められるわけがない!」
エーベルの言う通り、王国内の領地をいくら五大貴族とはいえ勝手に譲り渡すことなど普通はできない。
「これは第二王子マクスウェル・バルスタの名において認められた決定事項だ」
ミリアムの出した名前に、エーベルは絶句する。
「そんな馬鹿な……!」
苦虫を噛み潰したかのような顔でエーベルはミリアムを睨んでいる。
「お前たちがどのような手でこようが、私の力なら両親と共に逃げることなど容易い。しかし、お前たちなら領民に手を出すことも考えられる。だから、そうならないようにこちらも策を立てたのさ」