57 王城にて③
王宮へ出向いたミリアムは、てっきり騒ぎになると思いきや謁見の間に通された。
その場で捕縛される可能性も考えていたミリアムにとっては僥倖であった。
謁見の間で跪いていると、奥の扉から人が現れた気配がする。
現れた人物は玉座に着くと、荘厳さを感じさせる声で空気を震わせる。
「面を見せよ」
ミリアムは目線を下げたまま、顔の向きを正面へ向ける。
「よい、儂を見ること許す」
「はっ」
ミリアムが目線を上げると、玉座に座っている強面の男がギロリとミリアムを見下ろしていた。その隣にはガウスが立っている。
相も変わらず、表情も読めず気味の悪い男だとミリアムは思った。
玉座に座っている男こそがバルスタ王国国王、ウィリアム・バルスタである。二十年前の王国の危機に際して前王の後を引き継ぐと、賢者の力を利用して危機を収め、賢王として名を馳せた。
王はジッとミリアムを見下ろし続けているが、その目は決して罪人を見るような冷たいものではなかった。その目でミリアムを見極めようとしているのだろう。
「では王よ、審問を開始してよろしいでしょうか」
「許す」
「そこのミリアム・プランケットの父ジュスト・プランケットは子の力を不正に隠蔽し王国への反乱を企てております」
「……」
ミリアムは言いがかりだ、と叫びたくなる気持ちを抑えて、機会を待つ。
「隠蔽された力は[星の勇者]の加護。勇者とは王国の力の象徴です。もし事実であればそれだけで叛意ありと言っても過言ではありません。それに本日はジュスト・プランケットも来るように命令したはず、プランケット家が王命を軽んじているのは自明でしょう」
「今はまだお前の考えは聞いておらぬ、控えよガウス」
責められたガウスは顔色人使えずに慇懃に礼をして口を閉じた。
「ミリアム・プランケット、何か反論はあるか?」
「いえ、ありません」
王の表情が若干驚きに変わる。その答えは予想外だったようだ。
「ほう? 全て事実であると?」
ミリアムはニヤリと笑みを浮かべる。
「いえ、あまりにも馬鹿げたことを宰相閣下が仰るものですから、呆れて反論する気も起きないということでございます」
「なっ」
「ほう?」
ガウスの頬がピクピクと動いているのに対し、王は楽しげな余興を見るかのようにミリアムの次の言葉を待っている。
「誤解のないように申し上げておきます、プランケット家は王国に叛意など持っておりません。それは私の働きを見ていただければ理解していただけると自負しております。放置すればいずれ王国の危機になり得た依頼をいくつも解決しています」
ミリアムは事前に想定していた通りの台詞をつらつらと述べていく。
「王国の繁栄を願ってこそ危険な依頼も請け負うのです。それは私の報告を受けている宰相閣下殿が一番“わかっておられる”はずなのですが……、このような疑いをかけられるのは非常に遺憾です」
すると待ってましたとばかりにガウスが割り込んでくる。
「そうです、ミリアム殿は王国のために働かれています。しかし、それをプランケット家当主が利用し王国へ――」
切らずに済めば一番であったが、ミリアムは切り札を切る。
「ありがとうございます、宰相閣下。おっしゃる通り、私は王国のために働く私に叛意などあるはずもない。そして伝えるのが遅くなりましたが、現在のプランケット家当主は私です。つまり当主の私に叛意がないのですから、何も問題がありませんね?」
「そのような屁理屈が通るとでも!?」
ガウスは声を荒げる、ようやく気味の悪い顔に感情が見え、ミリアムは呑気に「ああ、こいつも人間なんだな」などと考えた。
しかし、この理屈では弱い事がミリアムは理解していた。だからこそ、最後の賭けに出る。
「仮定の話ですが、プランケット家に叛意があったとして何か問題でもあるのでしょうか? 面従腹背でもその能力が王国の益となるならば使う、だからこそ陛下も宰相閣下をお抱えになっているのではありませんか?」
「し、失礼な! 陛下から宰相を任じられた私にそのような態度、陛下へ弓を引くと同義だ!」
「クハハッ!」
そのようなガウスを尻目に、王は楽しそうに笑い始める。ガウスはポカンと開いた口が塞がらない様子だ。
「ハハハ、よい。その方の言う通りだ。使えるものは使う、性格や性質など関係ない。此度の件、不問とする」
「陛下!? それでは他の者に――」
「儂の決定に文句があるのか?」
ガウスは言葉に窮する。王を言い包められた時点で、自分の負けであるということに気が付かないほど彼も馬鹿ではない。
それよりも、ガウスが面従腹背であるということを王が否定しなかったことの方が、彼にとっては大問題だ。しかし、このタイミングで何を言っても墓穴を掘ることにしかならない。
「い、いえ。失礼いたしました」
ギリギリと奥歯を噛みしめながら、ガウスはそう答えるしかなかった。
「それではプランケット家は“今後も変わらず”王国のために尽力してくれるということで良いのだな?」
「はっ、もちろんでございます」
こうしてミリアムは危機を何とか乗り越えることができた。しかし、これは始まりにすぎなかった。もしも、この段階でミリアムがガウスの本当の企みを理解していれば未来は多少変わっていたかもしれない。