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55 王城にて

 王国からの依頼を請け負うようになると、ミリアムが王宮を訪れる機会も自ずと増える。王宮には庭園があり、訪れた者の目を楽しませるかのように草花が綺麗に整えられている。

 王宮を訪れた際にこの景色を見ることがミリアムの習慣になっていた。

 ある日いつも通り花をめでていると、ふと視線の先で綺麗な金髪の少年がじょうろで花壇に水を撒いているのが見えた。

 しばらくするとメイド服を着た使用人が、血相を変えて少年に近づいてくる。

「王子、やめてください。私たちが叱られてしまいます」

 使用人はそう言いながらじょうろを取り上げる。

 王子と呼んではいるが、そこに尊敬や畏怖、親愛の情はなく、ただただめんどくさいといった様子がありありと見て取れる。

 王子から離れていくメイドが、小声でつぶやいた暴言がミリアムの耳に届く。

「なんでこんな子の面倒を見ないといけないのかしら、私も第一王子様が良かったわ、そして第一王子と結ばれるの……ウフフ」

 途中から妄想の世界に入ったメイドは、叶うことのない夢を口にしながら、城へ戻っていった。

 しかし、ミリアムの耳に届いているということは、少年も聞こえているはずだ。

 そうにもかかわらず、笑顔を浮かべている少年のことがなぜか気になったミリアムは少年の様子を見ていた。

 すると視線を感じたのか、少年のほうから声をかけてくる。

「こんにちは、あまり見かけないお顔ですね、私はマクスウェル・バルスタといいます」

 ミリアムは片膝をつき、右手を胸に当てた敬礼を行う。

「お初にお目にかかります、私はミリアム・プランケットです。王子への不躾な視線お詫びいたします」

 名前を聞いたマクスウェルの顔色が変わる、声に興奮の色が隠しきれていない。

「ミリアム・プランケット様!? 学習院設立以来の天才と噂されている、あの!?」

(何、その噂!?)

 ミリアムにまったくもって覚えがなかった。好色だの女たらしだの(すべて僻みだ)と根も葉もないことを言われた記憶はあるけれども。

「いえ、私は天才などでは……」

 マクスウェルは興奮したままの様子で、否定するように首を振る。

「数々の武勇を先生や先輩方からお伺いしました、プランケット様は紛れもない天才です!」

 ミリアムにも心当たりがいくつかあるが、決して自分では“武勇”とは思っていないため、それをこうも評価されるのは気恥ずかしい。

「若気の至りです、武勇などとんでもない」

「なるほど、過去の功におごらず、更に上を目指されているのですね」

 何を言っても都合のいいように変換されていくのを感じ、ミリアムは半ば諦めることにした。

「家名で呼ばれるのは慣れておりませんので是非ミリアムとお呼びください、王子」

「それでしたら私のことも王子ではなく、マックスとお呼びください、ミリアムさん。年下ですし敬語もなしということで」

 王子を愛称で呼ぶことなどできないと断ろうとした。

 マクスウェルも当然断られると予想しながらも、一か八かの気持ちなのだろう。はっきりと表情に表れていた。

(まったく……)

 どう考えても断るべきだが、どこかばつの悪さを感じたミリアムは応じることにする。

「わかった、マックス。しかし、二人でいるときだけだぞ。さすがに人前で王子にはこんな対応はできないからな」

「あ、ありがとうございます。しかし、王子とは言っても妾から生まれた、形だけの第二王子ですから……」

 その一言になぜ自分が目の前の少年が気になっているのか、ミリアムははっきりと理解する。

「第二王子だからどうしたっていうんだ? マックス、お前まで母親を軽んじてどうするんだ」

 ミリアムは凛とした声でマクスウェルを叱りつけた。そこに先程までの王子に対する遠慮は全くない。

「いや、そんなつもりは……」

「ならそのような卑屈なことは二度と言わないほうが良いし、考えてもいけない。母親は案外鋭いものだぞ。私の経験からのアドバイスだ」

 きっと思い当たることがあるのだろう、マクスウェルはハッとなって苦笑いを浮かべる。

「ありがとうございます、気をつけてみます」

「ああ、お互い家族を大事にしよう」

 そこからは昔馴染みのように会話を楽しんだ。主に話題は学習院の話だったが、ミリアムも少し昔のことを思い出せて楽しい時間を過ごした。


「今日はお会いできて良かったです」

「ああ、私もだ」

 それを聞くと、マクスウェルは意を決したかのように頭を下げる。

「またこちらに来られた際、もしよろしければ今日のようにお時間をいただけませんか?」

「もちろん、こちらからも頼みたいぐらいだ」

 ミリアムが笑顔で言うと、マクスウェルも心から嬉しそうに笑顔をみせる。最初見たときとは違って違和感のない笑顔だった。

 それ以来、王宮に立ち寄った際はマクスウェルと様々な話をすることが習慣となった。

 仲が深まっていくにつれ、ミリアムがマクスウェルに稽古をつけたり、逆にマクスウェルがミリアムに依頼についての助言をしたりするようになっていった。

 マクスウェルは昔から友達もあまりできず、使用人も積極的に彼と付き合うことも無かったのでずっと一人で本を読んでいたらしい。スキル[無限記憶]により一度見たものを忘れることがないマクスウェルは、今では大陸上の知識はほぼ頭の中に入っていた。

 依頼の性質上、国外、領外へ頻繁に行くようになったミリアムだが、見たことのない魔獣や聞いたことのない風習などに困った時、マクスウェルの持っていた知識は非常に役立った。


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