54 依頼③
「ベイツ……、確かマティス領地にある商会だったか? 最近、こちらの領内に支店を出したとは聞いていたけど……」
支店がある商会は珍しくないが、それが違う領地となると話は別だ。というのも、領内で商売をする際は領主に場所代を払う仕組みになっている。稼いだ額などで若干の増減はあるにしても、支店の数で支払う金額が変わることはない。
(今日は帰ろう)
マティス領地内で調査活動をする必要があるのであれば、許可などの問題もある。
そもそもの依頼はカレンを救出することだ。追加で依頼されたグレゴを裏で操った人間についても本人から聞き出すことができた。今後どう対応するか判断するのはあくまでライス商会だ。
まずは結果について報告するため、家への帰路に就いた。とはいえ、もう夜も更けている。報告するのは次の日となった。
翌日の昼前、オリトンはグレゴを連れてプランケット家の屋敷へ現れた。若いにもかかわらず優秀であるミリアムと会うことで、息子に何かを学んでほしいという親心だそうだ。
ちなみにグレゴは二日酔いで気分が悪そうで、顔に「なんで俺がこんなところに、早く帰りたい」と書いてあった。昨日のことは、気分の悪い女と会った程度にしか覚えていないようで、ミリアムやコレットの綺麗な青髪を見ても何の反応もないのがその証拠だ。
「ではミリアム、調査報告をしてちょうだい?」
「かしこまりました、母上。それでは、カレン・ライス殿の拉致に関する調査報告をいたします。結論から申し上げると、カレン殿はそちらのグレゴ殿により――」
ミリアムは(スキルなどの詳細は伏せて)事実のみを淡々と述べていくと、次第にグレゴの身体がプルプルと震えていくのがわかる。
「まさか……、本当ですか!?」
ミリアムの調査報告を聞いたオリトンは絶句している。娘をさらうように指示をしたのが息子であったのだから無理もない。
グレゴは必死に言い逃れをする。
「で、デタラメだ! 五大貴族様だからって、あまりにも失礼じゃないか! 第一、証拠はあるのか!?」
オリトンは自分の教育の失敗を悔いるかのようにこめかみを押さえている。
「証拠も何も、昨日“元気”な妹さんとあなたが雇った傭兵さんがすべて話してくれましたよ。次、ああいう人たちに依頼をするときは、口止め料も払うことをお勧めします」
まだ納得いかないなら現地まで連れていきますが、という一言を聞き、ようやくグレゴは観念してオリトンにすがりつく。
「親父、違うんだ。俺はわかってほしかっただけなんだよ」
オリトンの底が見えないほど暗い目がグレゴを捉えている。
「黙れ。二度と私を父と思うことは許さん、目の前から消えろ」
ひっ、と怯えた声を上げグレゴはその場から逃げるように立ち去った。
ふう、と一つため息をつき、オリトンが頭を下げた。
「この度は息子のせいで本当に申し訳ございません、お恥ずかしい限りです。一人目の子で、甘やかしすぎた私のせいです」
ミリアムは否定も肯定もできない。押し黙るほかなかった。
「娘はそんな兄を見て育ったからか、非常に賢く育ちました。私の後継者は娘が良いとまでいう店の者まで出てきています。それもあいつを追い込んだのでしょう」
悲しみに暮れるオリトンを見ていられず、ミリアムが横から口を出した。
「しかし、一番問題なのは裏で糸を引いていたベイツ商会の者でしょう、そちらへの対応はどうされるのですか?」
「ベイツ商会の者なら、ただ普通に叩いても埃は出ないでしょう。今回の件もおそらく息子が“勝手に勘違いをした”という形になるように仕組まれているはずです」
「私がお手伝いできることはありませんか?」
オリトンは何とも言えない苦笑いを浮かべ、固辞する。
「我々の戦いというのはどうしても“汚く”なります、それに次期領主様を巻き込むことはできません」
大問屋の主の確固たる意志に、ミリアムは退かざるを得ない。ならせめてとばかりに傭兵たちのことを伝える。
「今回カレン殿をさらう仕事を引き受けた傭兵たちは使えるかと思います」
“汚い”仕事でも十分な報酬と(彼らが思う)正当な理由があれば引き受ける義賊(本人たちが聞けば、全力で否定されるだろうが)であるとミリアムは彼らを評価していた。
それを聞いたオリトンも、なるほどそれは良いことを聞きました、と帰っていった。
その後、丸坊主の偉丈夫ニカが頭領を務める傭兵団がライス商会お抱えの用心棒として雇われ、しばらくするとベイツ家が画策していた陰謀(王国に取りつぶしに合った旧貴族の仕業だったらしい)が発覚した。
王国領土内の小麦の値段を上げて王国を疲弊させるといったものだったらしい。最終的にはマティス家がベイツ商会を処断することで一応の収拾となった。
当事者であったライス商会はこれをプランケット家の長男、ミリアム・プランケットの功績としてバルスタ王へ報告した。ミリアムの名は学習院時代の功績とともにさらに轟くこととなり、領内だけでなく、王国が持て余していた依頼までがプランケット家に舞い込むようになった。
領主であるジュストもミリアムの活躍に喜び、すぐに領主の座を譲ると言い出した。
それをコレットとミリアム、従者筆頭などで必死に止められていた。
「なら次期当主のプランケット家当主代理であるミリアムに経験を積ませるという形にしよう、そしてそれなりの警護をつける。しかし危険が伴う依頼の場合は必ず俺に相談するんだぞ?」
不服なのは、当主が自分のままだとどうしてもミリアムの警護が薄くなることだった。いくら強力な加護を持っているとはいえ娘が危険にさらされるのは我慢ならないのだ。
しかし、あまりにもしつこく食い下がってミリアムに嫌われるのも怖かったジュストはミリアムを当主代理にし、それなりの警護をつけることで気持ちを落ち着けることにしたのだった。