表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/140

53 依頼②

 ――カナエがバーに現れる1時間ほど前、ミリアムはブランケット領外、少し北の森へ足を運んでいた。目的はもちろん、ライス家の娘、ベルを救出するためである。

「このあたり……な、はずなんだが……」

 深い森を、月明かりと指先に灯らせた炎の灯りを頼りに歩いてきた。周囲は今までどおり木々が茂っているだけであるが、ミリアムはここが目的地だと呟く。

 ミリアムは特殊スキル[星読]を持っている。このスキルは、使用者が知りたい任意の事柄について占うことができるスキルで、空に浮かんだ星の量で占いの効果が上昇する。経験上、この満天の星空で占いが外れるはずがないとミリアムは確信していた。

「……ということは」

 ミリアムはスキルを発動する。知覚強化魔法の一つ[看破]、これは幻術系魔法等の自身への効果を打ち消すものだ。

 スキルが発動すると、ミリアムの目線がある木を捉える。

「少し痛い目にあってもらうか」

 言うが早いか、

「ギャアッ」

 木の後ろから男が悲鳴を上げて現れる。その場に倒れ込み、見事に丸められた頭を抑えてもがく。

「アアー! やめ、やめてくれッ! ギギッ!」

 それはミリアムのスキル[幻惑]によるものだった。ミリアムはスキルを解除する。

 男は突如痛みが消えたことに混乱が隠せない様子だ。ミリアムと男の目が合う。

「まさか自分が幻惑にかけられるとは思っても見なかったか?」

 ミリアムの見下すような笑みに男が逆上する。

「てめぇ! このクソガキがッ!」

 拳を思い切り振り上げ、いかにも力いっぱい殴りますとばかりに繰り出すテレフォンパンチがミリアムに届くことはない。難なく避け、すばやく懐に入ったミリアムが右肘で顎を打ち上げる。

「ッ!?」

 一撃で失神した男がミリアムに倒れかかるが、当然支えられることもなく避けられ地面とキスをする。

 起き上がる気配はない、時間がもったいないとばかりに、男が隠していた道を進んでいく。

 その道を進んでいくと、割と大きな小屋があった。そして小屋の前では既に臨戦態勢を取った男たちが四人待ち構えていた。男たちは皆、頭を丸めている。

「テンのやつの悲鳴が聞こえたと思ったら、てめぇみたいなガキにやられたのか、あいつは」

 リーダー格の男が呆れた声で言ってのける。しかしそのような言葉の割に、男に油断は無い。

「私はミリアム・ブランケット、お前らがさらったライス家の娘御を迎えに来た」

「そう言われて、はいそうですかと返すと思うか? 悪いがこちらも商売だ、依頼を途中で投げることはできないな、信頼関係が大事なんでね。貴族のぼっちゃんにはわからないかも知れないけどな、ガハハ」

 そう言った男は豪快に笑っている。ミリアムは男の誹謗を気にすることなく、疑問を口にする。

「依頼? 誰からの?」

「人に物を尋ねるなら、まずはうちのをやってくれた落とし前をつけてもらわねぇとな?」

「頭の言う通りだ、身ぐるみ置いてったら許してやるかもなぁ? ゲヘヘ」

 周りの男が囃し立てるのを、男はやかましいと一喝する。

 男はどこか試すようにミリアムに問いかける。

「さあぼっちゃん、どう落とし前つけてくれるんだ?」

「負けたやつが悪い、そういう世界で生きているんじゃないのか?」

 男があっけにとられる、まさに開いた口が塞がらないといった様子だ。

「てめぇマジでいってんのか?」

 ミリアムは愚問だとばかりに目で返答を返す。

「そうか、そうか。……クッ、ガハハハッ」

 男は大きな笑い声をあげ、腹が痛いとばかりに腹部を押さえる。取り巻きの連中は目を白黒させる。リーダーの様子を見て驚いているようだ。

「線の細いぼっちゃんと思ってたが、とんだ見込み違いだったか。いいだろう、確かにやられたあいつが悪い、だけどな」

 男の雰囲気が変わる。学習院で(望んでもいないのに)強者と立ち合いをする機会が多かったミリアムは、それと似たものを感じ、本能的に身構えた。

 魔力操作により強化した人間の身体からは、溢れ出た魔力が波となって伝播している。一般的に、それを視覚的に知覚することはできないが、魔力操作を行うことができるものはその波を感じることができる。

「なるほど、やっぱりヤり慣れてやがるな」

「人質を解放さえしてくれれば、私に戦う意志はない」

「ガハハ、俺にはあるんだよ。下のもんがやられたんだ、その敵討ちはしてやらねぇとな? それに、教えてほしいんだろ? おめぇにも戦う理由はあるじゃねぇか」

 ボクシングスタイルの武道家なのだろう、大柄な身体のわりに華麗なステップワークを見せ、男はミリアムとの距離を詰める。

 繰り出したのは高速の右ジャブ、右拳が最短距離でミリアムの顔を捉えようと迫る。避けることができないと判断したミリアムは、両腕で顔を覆うように防御をすると同時に後ろへ飛び退き距離をとる。

「防ぐとはな、これならどうだっ!」

 男は先ほどよりも速度を上げ、距離を詰めると同時に右ジャブを繰り出す。機関銃のように繰り出されるそれをガードし続けるが、その場から動くことができない。

 その様子を見ていた男が左腕に力を籠める。ガードを射抜かんと繰り出すのは渾身の左ストレート、ミリアムは直感する。

(これをガードするのは不味い!)

 その強烈なストレートがミリアムを襲うことはない。避けられないと判断し、ストレートが空を切るよう[幻惑]を用いて誘導したからだ。

「なっ!?」

 驚きで動きが固まった男の隙をついたミリアムの左足が男の顎を捉える。振り抜いた勢いそのままに回転し、右肘を鳩尾付近に突き立てた。

「グォッ!」

 予想外だった顎への一撃で力が抜けたところへ、見事に決まった鳩尾への攻撃。まともに受けた男は気力を振り絞り何とか倒れまいと耐えている。

 ミリアムはハッとなって口を開いた。

「すまない、素手の戦いで魔法を使ってしまった」

「はぁ?」

 ミリアムを見る男の目は、何言っているんだこいつはとでも言いたげだ。

男は興が覚めたとばかりに、その場に腰を下ろす。

「これはルールに守られた試合じゃねぇ、殺し合いだ。魔術師が魔法使って何が悪いんだ」

 あまりの気持ちの良いセリフに、ミリアムは目の前の男が人さらいをする悪党とは思えなくなっていた。

「それにしても魔術師に負けたのなんて久しぶりだ、てめぇ中々やるな」


「さて、依頼主が知りたいんだっけか。いいぜ、教えてやる、別に口止め料は貰ってないからな」

「それよりも、女の子を返してくれればそれで終わりなんだが」

 男はにやりと笑って答える。

「それは殺されたって無理だな、仕事だからよ」

「なら、せめて女の子の無事は確認させてくれ」

「ああ、いいぜ。おい、呼んで来い」

 男が取り巻きに指示をする。しばらく待っていると、お姫様抱っこをされた女の子(年の頃はミリアムと同じくらいだろうか)が小屋から出てきた。眠っていたのか、眠そうに目をこすっている。

 拉致されたにもかかわらず、まるで自分の別荘で過ごしているかのような振舞いである。

「おじさん、何ですの……? 私眠いのですが……」

「ああ、この(あん)ちゃんが、あんたの無事を確認しに来たんだ」

「ん~誰です~? っ!!」

 ミリアムの顔を見るや否や、自分を抱えていた男を突き飛ばすようにして地面に降り立った。

(カッコいい……)

 顔を赤らめた女の子は、熱を帯びた視線をミリアムに向けている。目が合うと顔を俯いてしまった。

 それを確認したミリアムは、なんだこれはといわんばかりに男に目線を移す。

「これがお探しの、ライス家のカレン嬢だ」

「この子が……」

 ミリアムは信じられないとばかりにカレンの顔を見る。そんなカレンはといえば、俯けた顔を赤く染めながら、ちらちらとミリアムの顔を覗いていた。

「依頼はあくまで“妹をしばらくさらってほしい”ってことだけだ。あのクソ野郎は“何をしても良い”とかも言ってたけどよ」

 思い出しても反吐が出るぜ、と吐き捨てる。

「あまりにもムカついたから、妹をさらうときに一発ぶん殴ってやったけどな」

 カレンはそのシーンを思い出したのか顔をしかめている。

「あれは確かに痛そうだったなー」

「カレンは怖くなかったのか?」

 そう尋ねたミリアムに返されたのは予想外の一言だった。

「はい、愚兄が動き出すのも、そろそろだろうって思っておりましたので。雇われたおじさんたちが、ここまでお人よしというのは計算外ですが」

 カレンの気になる一言を、ミリアムは聞き逃さなかった。

「兄?」

「ああ、こいつをさらえって俺らに依頼してきたのは、グレゴ・ライス、この嬢ちゃんの兄貴だ」

 男の言葉を継いでカレンが口を開くが、その顔は少し悲しそうだ。

「数か月前から兄の様子がおかしくなり始めました。私に、今の父は間違っている、一緒に協力して父の目を覚まさないとライス家は終わりだと言うようになりました」

 一呼吸置き、さらに続ける。

「私は父に心配をかけないようにどうにかして兄を説得し続けたのですが、それも叶いませんでした。ついには、ここ数日私を見る目が変でしたので警戒していたところ、このおじさんたちにさらわれたのです」

「私は汚されることも覚悟しておりましたが、このおじさんたちは『おとなしくしばらくここにいればいい、何もしない』と、私、若干自分に自信を無くしかけましたが……、あっ、ともかく、今回このような身内のいざこざに巻き込んでしまい申し訳ありません、えーっと」

 そういえば、名乗っていないことに今更ながら気が付いたミリアムは自己紹介をする。

「申し遅れました、私はミリアム・プランケットです」

「ミリアム様、本当にありがとうございます、本来であればこのままともに帰りたいのですが」

 カレンはチラリと男たちを見る。

「このおじさん方もメンツ?というものがあるらしいので、あと数日ここにいます。ただ私から一つお願いがあるのですが……、兄を裏で操った者を調べていただきたいのです、もちろん報酬も――」

 ミリアムが手の平をかざし、それ以上の言葉を制する。

「すでにプランケット家はこの一件について解決すると引き受けています、ですからカレンさんがいうことも、もちろん私が行うべきことの一つです」

「本当にありがとうございます」

 カレンは深々と頭を下げる。

「ところで、何か手がかりはありますか?」

「小麦を販売している商会の者であるという予想はつくのですが、その件でライス商会を疎ましく思っている方々は多くいますので……」

 ミリアムは思案する、考えること数秒、妙案が思い浮かぶ。

「それなら本人に話してもらいましょう、グレゴさんは夜に出歩いたりはするのですか?」

「はい、行きつけのバーがあるようです。毎晩のように入り浸っているので今日もおそらくは……」

 待て待て、と横から男が口を挟む。

「本人が正直に話すわけないだろうが」

 ミリアムがニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。

「大丈夫です、とっておきの手があるので」

 男は丸められた頭を掻きながら、

「そうかい、なんか怖いから深くは聞かないことにするか」

「それでは、私は行きます。えーと、おじ――」

 男が割って入る。

「――俺の名前はニカだ、男におじさんって言われる趣味はねえ」

「ニカさん、悪い人のふりはやめてまともに仕官することをおすすめするよ」

 ニカはガハハと笑い飛ばすと、しっしっと手を振ってみせる。

「うるせぇクソガキが、さっさと行ってこい」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ