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52 依頼

 十歳になったミリアムは王立学習院に入学した。王立学習院は王国内の貴族およびそれに類する資産家の子息が初等中等教育を受ける学校である。期間は六年間で、四年目からは武術、魔法に関する学習(名目上は自衛のため)も行われる。

全てにおいて飛び抜けた才を持ったミリアムであったが、魔法の学習には特に力を入れた。中でも幻術系の魔法に対して相性が良かったのかスキルも発現した。その力は卒業後の進路に王立研究院(高等教育機関に相当する)から特待生扱いで誘いを受けるほどであった。

 しかしまさか、魔法をひたすらに学んだ理由が、コレットに似て日に日に大きくなる胸を隠すためだとは誰も知らない。

 そのように王国学校で優秀さを見せつけたミリアムを巡って王国中の貴族王族たちが策謀を張り巡らせた。力比べを挑まれたり、各家の娘を無理やりミリアムにあてがおうとする程度のどれも可愛らしいもの(あくまでミリアムの主観)であった。

 特に卒業式の際、道を塞ぐように各家の子女二十名が横一列に並びミリアムに求婚した(その中には特殊な趣味を持った子息もいたらしい)事件は、王国中に広まり、プランケット家の跡取りは好色漢である、などと噂されている。


 ミリアムは学習院卒業後、ジュストの跡を継ぐための経験としてプランケット家に舞い込む依頼を消化する日々を過ごしていた。

 その始まりは、ある領民が拉致された娘の救助を求めてきたことだった。

 代々プランケット家は領民との距離が近く、犯罪などに巻き込まれた際はプランケット家の私兵を用いて解決に当たるのが通例であった。しかし、タイミングが悪いことに五大会議に出席するジュストの護衛のため動ける者がいなかった。そこでミリアムの手が挙がるのだった。

「私にお任せください」

 ジュストに代わり領民の話を聞いていたコレットの横からミリアムがそう口を出した。

「ミリアム、失礼ですよ」

 大人の話に横から入ってはいけませんと、コレットはそうたしなめる。

「お言葉ですが母上、父上の帰りを待てば手遅れになる可能性もあります」

「うーん、確かにミリアムの言う通りだけど」

 コレットは悩みながらミリアムを見つめていたが、最終的には折れることとなった。

「あんまり無茶をしてはいけませんよ?」

「わかっております、母上。それでは、ええっと、ライス様でしたね、詳しい話を聞かせていただけますか?」

「本当に、本当にありがとうございます、若様。それでは――」

 助けを求めてきたオリトン・ライスはプランケット家の領地で一、二の大きさを争う卸問屋、ライス商会を営む男だ。

 オリトンは涙目になりながら懐から手紙を取り出した。

「昨日、娘がさらわれてしまい、その際共にいた息子が怪我をして帰ってきました。そして、この手紙を私に渡せと命令されたそうで」

 手紙には、こう記されていた。

『ライス商会長オリトン・ライス 娘は預かった。無事に返して欲しければ、そちらの商会の不正な独占状態にある小麦の販売を取りやめろ、二日以内に独占状態を解消しなければ娘とは永遠に再会できないと思え』

「不正な独占?」

 ミリアムがオリトンに視線を向けると、誤解ですと怯えたように首を振る。

「とんでもございません、最近国内で小麦を販売していた商会が結託し、小麦の値段を上昇させていたのをご存知でしょうか? 市民のみなさんが非常に苦しんでおられるのを看過できず、私共は小麦を買い集め、適正な価格で販売しているのです」

 ミリアムは目を細め、疑いの色を隠さずオリトンに尋ねる。

「適正な価格とおっしゃいますが、他よりも安く売ることでライバルとなる商会を潰すことが目的にありませんか?」

 オリトンはミリアムから目をそらさず、言い返す。

「お言葉ですが若様、本商会は既に領地内で敵なし、王国内で見ても五本の指に入る大商会だと自覚しております。他の商会を潰すならば、もっと効率的なやり方もございます」

 二人の視線がぶつかりあう、緊張感が漂う中、どちらが先か笑い始めた。

「よくわかりました。嘘ではないということと、あなたが食えない人ということが」

「くっくっく、若様のような跡継ぎがいれば、領主殿もいつでも引退できますな。いやはや、羨ましい限りです」

 お互いを褒めあい続けるという愚行は避け、ミリアムは本題に入る。

「それではこの一件、私が引き受けさせていただきます」

「よろしくお願いします」


 星が綺麗に輝く夜、プランケット領にあるバーで顔に痣を作った男は一人酒を飲んでいた。

「あー、いてぇ、酒がしみる……」

 そのような独り言を言いながら、琥珀色の液体が入ったグラスをあおる。

 店の扉が開き、新しい客が入ってきた。男は扉が開いた際に流れ込んだ風に乗った芳しい香りに反応する。自分が座っているカウンターの二つ隣に香りをまとった女性が座るのを横目で確認する。

(すげぇ美人じゃねぇか)

 年の頃は十代後半から二十代前半ぐらいだろうか、絹のように美しい青い髪に、ゆるやかな服装にも関わらず強く自己主張する胸、少し強気な目元も不思議な艶やかさを強調していた。身体のパーツ全てが女性を“良い女”たらしめている。

 普段であれば、きっとそんな女性に声を掛ける自信はない。男は酒に酔い気が大きくなっていた。

「なぁアンタ、こっち来て一緒に飲まないか?」

 女性はチラリと視線を向けると、目を細めて首肯する。

「ええ、よろこんで」

「俺はグレゴ・ライスってんだ、ライスって名前聞いたことあるだろ?」

「大問屋のライス商会の方なんですかぁ?」

 女性は甘ったるい声で、大げさに驚いてみせる。

「アンタの名前は?」

「ふふ、私はカナエって言います、もっとグレゴさんのこと知りたいなぁ」

 その様子に女性が自分に興味を持ったと勘違いし、気を良くしたグレゴは、更に雄弁に語り始めた。

「もうすぐ親父も引退して、俺が店を継ぐことになってるんだ」

 そこから男は、聞いてもいないことを語り始める。カナエと名乗った女性は、目を輝かせ、頬を上気させながらグレゴの話を聞いてやった。

 すると、ついにグレゴは言ってはならないはずの事を口にしてしまう。

「やっぱり商売ってのは協調性が大切なのよ、いくらうちが大きくても、周りとは上手く付き合わなきゃダメなんだよ。うちの親父は耄碌しちまってるから、そこに気がついてないわけ。だからさ今回教えてやんだよ、俺が親父と妹に。ベイツさんたちと上手くやれるのは俺しかいないってさ。妹もちょっと怖い思いをすればわかるはずだ、親父と俺どっちが正しいのか」

 グレゴは自分が口走ったことの不味さに気付かずに、借り物の言葉でいい気になっている。

(可哀想に)

 そう思ったのは誰に対してなのか、カナエ本人にしかわからない。

 もう用は済んだとばかりに、カナエは立ち上がる。

「お、おい。どこ行くんだ? まだ話の途中だぜ?」

「私はグレゴさんの事が知りたいって言ったの。でもグレゴさん、結局お家の事しか話してくれないじゃない、つまらない人」

 言い放たれたその言葉が、グレゴを刺激する。テーブルの上のグラスを手で払い落とすと、割れる音が響いた。

「ふざけんな! エラそうなこと言ってんじゃねぇぞ!」

 グレゴがカナエの胸ぐらを掴む。カナエは抵抗もせずに、ただ冷たい目でグレゴを睨む。

「何だその目は!」

「……言っておくけど、カレンに心の傷が少しでもついてたら、私に殺されてたぞお前」

 どのような感情も読み取れないその声は、カナエが決して脅しているわけではなく、宣告していることを表していた。

「ひぃ!」

 あまりの恐ろしさに掴んでいた手から力が抜ける、足にも力が入らなくなり、その場にへたりこんだグレゴは、店から出ていくカナエを目で追うことはもちろん、なぜ妹の名前を知っているのか、疑問に思うことすらできなかった。


「はぁ……」

 店を出たカナエがため息をつく。周りを気にしながら、スキルを発動した。

(どうすればオリトンさんからあのクソ野郎が生まれるんだろう)

 するとカナエの胸が縮み、髪が短くなっていく。そう、カナエは変装した――“変装を解除した”と言ったほうが正確な表現ではある――ミリアムだったのだ。

(さっきの傭兵たちの言う通り、ほんとバカな男だ)


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