51 転生②
「こ、これは……何ということだ……!」
ジュストは鑑定結果が書かれた羊皮紙を見ながら声を震わせる。
コレットはその様子を見て、たしなめるように口を開いた。
「あなた、良い加護で無くてもよろしいじゃありませんか」
それはコレットの勘違いであった、ジュストは首を振る。
「違うんだ、これを見てくれ」
手渡された羊皮紙に書かれた内容を見て、コレットもジュスト同様に驚きの声を上げた。
[星の勇者]
星の名のもとに魔を打ち払わん力を与える。
成長補正:体力S 筋力S 敏捷S 精神力S 運S
適職診断:勇者
特殊スキル:星読 対魔 対悪
「すごい加護……喜ばしいことではないですか。どうしてそんなに辛そうにしてらっしゃるの?」
コレットがジュストに尋ねると、やはり首を振って答える。
「このような力を授かったと知れたら、確実に奪われてしまう」
「奪うだなんて物騒な……少し考えすぎじゃありませんか? 」
「いや、無理やり奪わなくても、嫁に差し出すように圧力をかけたり、方法はいくらでもある! 他の四家も国に協力するだろう……」
五大貴族は絶妙なパワーバランスを保っている。強力な加護を持つ跡取りは警戒され、陰謀に巻き込まれることは想像に難くない。
ジュストは決意して、コレットの目を見つめる。
「このことはミリアムには秘密だ」
「加護は持っていなかったということにするのですか?」
「単純な嘘ではダメだ。ミリアムが力をつけたとしても、不自然ではないように装う必要がある」
一呼吸、間をおいてジュストは口を開く。
「わかっていると思うが、これは私が勝手にやることだ。もし――」
コレットの指が口を閉ざすように添えられ、ジュストは最後まで声を発することはできなかった。
「“私達”でミリアムを守らないといけませんね」
そう強調して話すコレットに、ジュストはもう何も言えなくなった。
なぜ彼女に惹かれ、親の反対を推しきって一緒になったのかを改めて思い出す。ジュストに決意がみなぎった。
「ミリアム、これが鑑定結果だ」
ミリアムはジュストから手渡された羊皮紙を見る。もちろんこれは彼が用意した偽物である。
[星屑の魔女]
星屑が授ける大いなる力を操れ。
成長補正:体力B 筋力B 敏捷A 精神力A+ 運B
適職診断:冒険者、占星術師
特殊スキル:星読 対悪
「これが私の加護……」
「良かったわねミリアム、とてもすごい力よ」
コレットはミリアムの頭を撫でながら、心から嬉しそうに言う。
「ありがとうございます、お母様」
本当のところ、ミリアムはどのような加護だろうと構わなかった。
しかし、母親が自分のことのように喜んでいるところを見ると自然と嬉しくなる。
愛する妻と娘の微笑ましい様子を見ながら頬をだらしなく緩めているジュストだが、彼にはまだやらなければならないことがあった。
「話がある」
緩みきった頬を元に戻して威厳を持った声で話すジュストへ向き直ったミリアムはまじめな顔をしてみせた。
「はい、何ですかお父様」
「ミリアム、しばらく男の子になるんだ」
力のつけ方に矛盾が出ないよう偽装したため、ミリアムの加護は強力な部類である。政略結婚などに巻き込まれないよう、ジュストはミリアムを跡取りの息子として育てることにした。
「わかりました」
ミリアムは素直に頷いてみせた。
「そうだよな、いきなり言われて混乱するのはわかる……えっ?」
「明日から私は、男の子として生活すれば良いのですね?」
五歳の女の子にしては物分りが良すぎる。いつものことだったので、もはやこれぐらいでジュストが驚くことはない。だが、驚かなくても心配にはなるものだ。
ジュストがミリアムの顔を心の内を探るかのように見ていると、ミリアムがまじめな顔で言う。
「ただ……」
「ん? 何でも言ってごらん」
「私は男の子の話し方を知らないので、大丈夫でしょうか」
「……っく、くくく」
ジュストが予想外の娘の発言に、笑い出す。急に笑いだした父親にミリアムは少しむくれてみせる。
「お父様?」
ジュストを責めるようなその口ぶりも、彼にとってはただ愛おしくて可笑しかった。
「すまない、笑うつもりはなかったんだが。大丈夫だ、お父さんが教えてやるからな」
「はい、よろしくお願いしますお父様」
娘に頼られていい気になったジュストは、先程まで心配していたことを忘れてしまっていた。
もちろん、ミリアムが言ったことは嘘である。ミリアムが知らないはずはない。
ミリアムはどこか二人に遠慮していた、有り体に言えば、罪悪感のようなものを持っていた。それにより相手に心配させまい、迷惑をかけまいと、物心ついた時からこのような“無難な行動”を取ってしまっている。
「あらあら、あなた。教えてくださるのは良いけど、あまり下品な言葉はいけませんからね」
コレットがニコニコと微笑みながらそう言うと、ジュストが俺を何だと思っているんだとおどけてみせる。ミリアムはこういう二人が好きだった、だからこそ罪悪感が胸から消えないのだ。
生まれ変わりに気がついてしばらくした頃から、ミリアムはずっと考えていた。
――私は本当に生まれ変わって良かったのだろうか。
――本当のミリアムもこの家族のもとで幸せになりたかったはずだ、私はそれを奪った。
――この二人にとって私は異物なのではないか。
そのような思考の迷路に迷い込み、罪の意識に苛まれる日が何度もあった。
いっその事、打ち明けてしまおうか何度もそう思った。その度、目の前の二人が悲しむかも知れないと思うと行動できなかった。
――せめて、二人にとって理想のミリアムにならなくては。
今も、幸せそうな二人を見て胸が締め付けられるような痛みを感じている。自分は今、理想のミリアムでいられているだろうか、そのようなことを考えていた。
「――アム? ミリアム、どうしたの?」
はっと我に返ったミリアムを、コレットが心配そうな顔で見つめていた。
「な、なんでも――」
ないですお母様、という誤魔化しの言葉はコレットに抱きしめられて音にならなかった。コレットはそのままミリアムの頭を撫でながら、優しく声を出した。
「“娘”の嘘は“お母さん”に通じないのよ?」
その強調した言葉は、まるで心の中を読んでいるかのようだった。
ミリアムは半ば開き直ったかのように抑えていたものをぶつける。
――自分には前世の記憶がある。本当のミリアムの場所を奪って、二人を騙していた。
泣きながら、感情が昂ぶったのか言葉も選ばずにそのような事を話す。それをコレットは顔色一つ変えずに聞いている。ジュストも腕を組み、目をつぶりながら静かに聞いていた。
コレットはミリアムの頬に手を添え、目を見つめながら柔らかな声で尋ねた。
「ふふ、“生まれてきて私を見た”時、どう思った?」
突然の質問であったが、ミリアムはありのままを答えた。
「綺麗な女の人だなって……」
すると、コレットが手を叩いて喜ぶ。
「あらやっぱり! あの時そんな事を話そうとしたのね」
心底嬉しそうにそう言うと、ジュストが口を挟む。
「その後母さんが『この子、私を見て何かを話そうとしたわ。すごい! 私達の娘は天才ね!』なんていうもんだから、そんなわけないって使用人たちに馬鹿にされてな。プンプン怒るからなだめるのが大変だったよ。おお、怖い、睨むなよ、悪かったって」
一言多かったのか、視線に何か鋭利なものを感じたジュストがすっかり参ったとばかりに両手を上げる。
こほんと可愛らしい咳払いを一つしたコレットは、目線をミリアムに戻した。
「あなたは私達の愛しい娘よ。誰がなんと言おうとね。たとえあなた自身にだって否定させないわ」
「っ、ありがとうございます……、お母様、お父様」
生まれてこの方、ずっと愛娘を見てきた母が力強く放ったその言葉が、理屈ではない想いの力が、ミリアムの心の中の罪悪感を消化していく。九年間かけて大きくしたそれが、すぐに無くなることはないだろう。しかし、後はきっと時間が解決してくれる。
ミリアムは涙を流しながら、いつまでもコレットに抱きついていた。
2018年8月28日 話数を訂正しました