5 シスコン
メソは小さな町で、鉱石の採掘が主な収入源の町である。鉱石を乗せ、各国へ鉱石を運ぶ必要があることから運送業も発達し、旅人用の定期便なども出ている。寛介のこの町でも目標はこの定期便を利用し、ソロンへ移動することであったのだが。
「定期便が出てない?!」
早速手詰まりであった。話を聞くと、街道で魔獣が大量発生し、定期便の運行を中止しているらしい。バルスタ王が暗殺されたため噂はまだ流れてきていないが、どうやら勇者候補が異世界から召喚されたといった噂は既に広がっている。
「まだ騒ぎにはなってないみたいだけど……、とりあえず服とかは変えといたほうがいいか」
寛介は町の服屋で着替えと、フード付きの外套、冒険者用の安全靴――つま先と底を覆うように軽くて硬い金属の板が入っている――を購入した。
飲食店で久方ぶりの食事をとり、満腹感に浸りながら歩いていると、見知らぬ男が話しかけてきた。
「兄ちゃん、冒険者か?」
事情を説明するわけにもいかない、とりあえず話を合わせることにする。
「一応は」
男は目を輝かせた。
「兄ちゃん頼む、助けてくれ!」
男は話し始めた。男の名前はセガールといい、最近運送業者を始めたらしい。そうして初仕事が決まったが魔獣のせいで馬車を出せず、用心棒を探しているらしい。
「悪いが、ソロンに急いでいるんだ、他を当たってくれ」
「仕事が終わったら、ソロンへ第一優先で連れて行く! この仕事を失敗すると未来がないんだ、頼む!」
面倒事のようだ、寛介は自分の軽率さを呪う。
「無理だって……」
寛介がその場から去るために立ち上がると、二人組の男が近づいてきた。
「セガールはん、貸した金ぇ返してもらえまっか?」
どうやら寛介ではなく、セガールへようがあるらしい。
「カンダさん! すみません、この間決まった仕事の金が入れば利子どころか元金も完済できるんです! もう少し待って――ぐっ!」
カンダと呼ばれた男の隣に立っていた下っ端風の男がセガールを蹴り飛ばして言った。
「やかましいわオッサン! 街道が魔獣だらけやっちゅうのに、どないして荷物運ぶんじゃワレ!?」
セガールは痛みがあるのか蹴られた腹を抑え、震えている。
「魔獣は……どうにか振り切って運んできます、必ず戻ってきますから!」
どうにか口を開くと、それを聞いたカンダがドスの利いた声でセガールに言った。
「セガールはん、わしらガキの使いで来てんちゃいますで。そないな可能性の低い話にのれまっかいな」
「そうやで、オッサン。ええ方法教えたるわ、ちょっと若いけど、娘はん売ってもうたら借金返してもおつりくるで。そういうの好きな客はぎょーさんおるからなぁ? あとはそうやな、オッサンが体売るか? 娘はんとは意味が変わってくるけどなぁ!」
セガールは震えながら言った。
「そんな……、お前らは鬼か! それでも人の子か!」
「金借りる時は神様で、返す段で鬼でっか。セガールはん、金は命や。このカンダ、命がけで金貸しやっとるんや、そないな覚悟もなく金借りたらあきまへんで」
割り込むように寛介が言った。
「可能性があればいいの?」
「あぁ? 誰やお前、関係ないガキは引っ込んどかんかい!」
下っ端風の男が寛介に拳を繰り出してきた。寛介はサッと身を躱すと、足をかける。バランスを崩した男は勢い余って転がってしまった。
「ほげぇ!?」
「――ぷっ」
間抜けな声に、寛介は思わず笑ってしまう。
プチッと男の頭の血管がキレたような音が聞こえた。
「上等やクソガキ! ぶち殺したらぁ!」
男は懐に手を入れると、何かを取り出そうとするが、
「――やめぇトラ」
カンダのその一言でトラと呼ばれた男の動きはピタッと止まった。
「せやかて兄貴、こいつ――」
「ワシに何べんも言わせるんか?」
「……ヘイ、すんまへん」
カンダの威圧でトラは青い顔になり黙り込んだ。
「えらい気合入った兄さんやなぁ。ワシはカンダ言うもんや。兄さんの名前は?」
「……寛介」
「カンスケはん、わしら止めたんは、なんぞ考えあってのことでっか?」
「セガールさんは今から仕事だって言ってた、そのお金で借金を返すつもりなんじゃないの?」
カンダが笑いながら言う。
「街道は魔獣だらけでっせ、無事に行って帰ってくるなんてセガールはんには無理でっしゃろ。無理して死なれたら金も返ってこーへん、それなら別のやり方で回収させてもらいますわ」
「魔獣は俺が処理する」
「信じられまへんな、それにあんさんはさっき断ってはりましたやろ?」
寛介がダガーへ手をかけると、カンダは呆れたように口を開いた。
「脅しでっか? さっきもいうたとおり、わしは命がけで金貸しをしとる。通じまへんなぁ」
しかし、寛介はダガーをカンダに突きつけるのではなく、差し出した。
「なんのつもりでっか?」
「戻ってこれなかったらこれを借金の代わりにしてくれればいいよ」
カンダはダガーに埋め込まれた宝石を見て絶句する。この大きさの宝石であれば人身売買の危ない橋を渡らずとも借金を回収しきっても余りある。
「兄ちゃん、本気でっか? 正気やないで」
ただ肩代わりするだけでなく、魔獣と戦うと言うことは命もかけるということだ。だが、寛介は真顔で頷いた。
カンダは寛介の目を見つめ、しばらくすると、やれやれと言わんばかりに首を振り、
「おもろい人やなぁ、カンスケはん。よっしゃ、なら任せますわ」
と笑った。カンダはセガールに向き直って口を開く。
「セガールはん、今日は帰りますわ」
差し出したダガーを受け取らず立ち去ろうとするカンダへ寛介は思わず声をかける。
「ちょっと、これ受け取ってくれないと」
「冒険者が自分の武器を差し出すなんて、常識はずれすぎるで。どないして魔獣と戦うんでっか」
「でも、戻ってこなかったときに娘さんに手を出されたら困るんだけど」
カンダが真顔になっていう。
「金貸しは約束を守るんや、貸すときも、返すときも、どんなときでも。このカンダ、待つ言うたら兄さんが戻ってくるまで一生待ってます。行くで、トラ」
カンダはそう言うと、踵を返し去っていった。
「それじゃあ、早速行こうかセガールさん」
「カンスケさん、ありがとうございます!」
「さんづけなんてやめてよ、むず痒いから。その代わり約束は守ってもらうよ? 仕事が終わったらソロンまで付き合ってもらうからね」
二人は荷物を積んだ馬車まで歩いていった。