49 追憶②
「――っ! ここは……」
目が覚めた叶は起き上がろうとして、両手首が縛られていることに気がついた。どうやら両足首も縛られている。鎖の音で叶の目が覚めたことに気がついたケントが近付いてくる。
「起きた? 叶ちゃん」
「一体何のつもり!?」
叶も経験が無いにしても人並みに性知識は持っている、今から自分が何をされるのかもわかっていたが、叫ばずには居られなかった。
「イイコトするに決まってるじゃん、叶ちゃんもすぐに気持ちよくなるからね」
大声を出し、身体をよじって抵抗する叶だが、腹部、子宮周辺に一発、拳を入れられ抵抗ができなくなった。
「叶ちゃんも、将来は好きな人と赤ちゃん作りたいでしょ? あんまり暴れると、子宮壊れちゃうよ?」
圧倒的な力の差、抵抗のできない絶望、叶はもうケントの思うがままにならざるを得なかった。せめて嬌声は挙げまいと抵抗するが、寝ている間に打たれた薬により、最後の抵抗も叶わない。
(私が女じゃなければ……)
と逃避するほど心が追い込まれていった。だが、悪夢は終わらない。
一通り叶の身体を楽しんだケントが、壁にかかったスイッチを押すと、入り口からゾロゾロとガラの悪い男が十数人入ってくる。
「えっ!?」
ケントが叶の疑問に答えるかのように、これまでで最悪の笑顔で答える。
「俺さぁ、女犯すのも好きなんだけど、気に入った女が犯されるの見るのがサイッコーに好きなんだよねぇ」
待ちきれないとばかりに、入ってきた男たちが口を開く。
「へへ、ケントさん。いつもありがとうございます」
「すげー上玉じゃないっすか、本当にいいんすか?」
「ああ、好きにやってくれ、あ、でも傷はつけんなよ? あと終わったらキレイにしといてくれ」
その後の行為は凄惨極まった。男たちは溜まりに溜まった獣欲を遠慮なく叶にぶつける。
それはセックスをしているというよりも、まるで叶でオナニーをしているかのようだ。既に抵抗する気力も体力も奪われていた叶はせめて早く終わるように祈っていた。
事が終わったのは夜も開けた頃、何事もなかったかのように身体をキレイにされた叶はようやく開放された。
そこからどう帰ったのかは覚えていない、気づくと家の前で立ち尽くしていた。
チャイムは鳴らしていないにも関わらず扉が開き、叶の母親がでてくる。睡眠をとっていないのであろう、目の下にクマを作っている。目が合うと、全て理解したかのように叶を抱きしめた。
「お母さん……お母さん……」
抱きしめられた叶は泣き続けた。
叶は家に引きこもるようになった、別に彼女自身が望んだわけではない。叶の父親が、外出を許さなかった。
叶の父親は不動産業を営んでいる。職業柄、様々な人脈を持っているが、その中には反社会的勢力(当然大っぴらにはされていない、“真っ当な法人”として付き合っている)も含まれている。今までは、その人脈を用いて、降り掛かった火の粉を払うことなどしなかったし、する必要もなかった。一回力を借りれば、自分も同じ存在になることだと理解していたからだ。だが、もうそんなことはどうでも良かった。
「“社長”、今日は折り入ってお願いしたいことが」
「八代さんが? はっはっはっ、今日は槍でも振るのかな?」
事情を話すと、異常に強面な“社長”はスーツが似合わない“社員”に “仕事”の準備をするように命令する。
「柳、ありがとう……」
「言いっこなしだ八代、俺に全部任せろ」
叶が部屋でボーっとしていると、玄関が激しく叩かれた音がする。
「!!」
ビクッと体を震わせて様子をうかがうと、何か口論が聞こえる。その声は聞き違えようもない、ケントの声であった。その後、銃声が一発、二発、少し間を置いて三、四、五発と連続して聞こえる。銃声の後、扉が開く音が聞こえた。部屋の窓から外を確認すると、ケントが走って逃げていく姿が見えた。
恐る恐る一階に降りる。そこには父親と母親が倒れており、既に事切れていた。目の前が真っ白になり、意識を失いそうになった。
しかし、鳴り響いた電話の呼出音が叶を現実へ引き戻した。
「……はい」
『八代さんのお宅でしょうか』
「……はい」
『柳建設の柳ですが、お父さんに代わってもらえるかな?』
「……っ」
『っ!? まさか……』
そのまま電話が切れる。十数分すると玄関が開いた。電話の前から動けていない叶はビクッと身体を震わせながら目線をそちらへ送る。
玄関を開けたのは柳であった。柳は叶の父親と母親が倒れている事に気が付いた。
「八代! チクショウ! なんてことだ……」
「あ、あの、な、何かご存知なんですか?」
言葉につまりながら、叶がやっとのことで質問を口にする。柳は答えるか否か迷い、結局、答えざるを得なかった。答えを知った叶の“何か”が壊れる音がした。
自分が動かなくても父には悩みを解決する方法があった、だがあえてそれを使っていなかった、自分の短絡的な行動の結果によって父はそれを使うことにした、結果父も母も殺されてしまった。
(私のせいだ……)
それは決して間違いではない、確かに叶の父親が柳に相談しなくても、柳の耳に噂が入れば自然に収まっただろう。だがそれは誰にも知りえない未来である、やはりそれは間違いではなくても、正しくはなかった。
だが、それを諭してやれるものはここには居なかったし、壊れた叶はもはやそのようなことはどうでも良かった。
「ふふ、ふふふ……」
不気味に笑い出す叶、柳が強面をしかませる。
「柳さん? お願いがあるんですけど」
まるでブランド品をねだるかのような笑顔で叶は口を開く。
「復讐を手伝ってください」
目の前にいる女の子は本当に先程までと同一人物なのか、突然の変化に驚く柳であったが、ついに叶の“お願い”を断ることができなかった。
毎晩、日付曜日を問わず賑わっていたはずの行きつけのクラブに、いつものような活気がない。音楽も流れているし、踊っている人間もいる。きっと気のせいだろう、人を殺してしまったせいで気が張っているだけだ、と思い込むように気持ちを抑え、“VIP”と書かれた部屋の扉を開けて中に入った。
「ごきげんよう」
不意にかけられた声にケントの身体が震える。視線を向けるとその先には、
「叶……ちゃん……?」
「こんばんはケントさん、先日は“楽しい夜”をありがとう」
「な、なんで――」
言葉を最後まで紡ぐことは叶わない。何者かに背後から首を絞められたケントは失神した。
気を失ったケントを柳が抱える、彼女は部屋に用意された器具を見渡し、これが良いとばかりに可愛く指さした。
「柳さん、ここに固定してください」
柳は指定されるがまま、磔台にケントを固定した。
「叶ちゃん、一体どうするつもりだ?」
彼女を心配しての発言だったが、目を見て気付く、既に手遅れだと。
「秘密です、“最期”にお願いがあるんですけど。」
お願いしてばっかりですみません、と付け加えながら、笑顔で口を開いた。
「お父さんと、お母さんをよろしくお願いします」
二人が安らかに天国へ旅立てるように、と狂った笑顔を見せた彼女に、柳は頷いてやることしかできなかった。
目を覚ましたケントは、身体が全く動かせないことに気がついた。
「なんだこれは!」
その声に反応したのはもちろん叶だ。今やこの部屋には彼と彼女しか存在しない。
「おはようございます。先日の夜は私が楽しませてもらいましたので、今日はケントさんにお礼をいたしますね」
「お前、ヤクザ使って復讐して、狂ってるぞ!」
混乱に任せて支離滅裂なことを言っているが、それを叶が指摘することはない。
「とても痛かったですよ、だからケントさんも楽しんでくださいね」
威勢が良かったのも、“それ”が始まるまでだった。まずペンチを取り出し(収納棚の引き出しに入っていた)右手の親指の爪を躊躇することなく剥いだ。
「ウギャアア!」
叫び声が響く。人差し指、中指と順番に剥いでいき、その度に響く叫び声に恍惚の表情を浮かべる。そこには狂える女王が顕現していた。
右手が終わり、左手の親指の爪を剥ごうかというときに、鼻声で哀れに口を開く。
「も、もうやめでぐれぇ……、俺は痛いごどはじなかっだじゃないか……」
どうやら本気でそう思っているようだ。だがそんなことは関係がない、もうこの奴隷の運命は決まっていた、求められた言葉以外は狂える女王をさらに狂わせるだけだ。余計な痛みを減らすためにこの哀れな奴隷が取るべき行動は、女王から与えられる慈悲を喜んで受け取ることだった。
左手の爪も全て剥ぎ取られた。男の両手から血が滴る。
「あら大変、止血しないと」
救急箱を探すかのように、収納棚を探す彼女を見て、ケントはホッとする。だが、彼女が取り出したものを見て驚愕すると同時に思い出した、あの収納棚には救急箱なんてものは置いていない。
「な、それで何するつもりだ」
取り出されたガスバーナー(家庭用の持ち運びが可能なものである)を着火し、彼女は答える。
「止血するんですよ」
傷口が火で炙られる。想像を絶する痛みにケントは、また気を失った。
その後も意識を取り戻す度に、切られ、剥がれ、抜かれ、痛みを与えられる。
ついに、耐えられなくなった男は懇願した。叫びすぎて枯れた、小さな声で。
「もう、殺してくれ……」
叶の心が満たされる、この言葉が聞きたかったのだ。死にたくなるほど追い詰めて、そして、こう言ってやろうと決めていた。
「嫌です」
そうニッコリと笑った顔は、まるで狂っていないかのようで狂っていた。
部屋に甲高い笑い声が響く、ケントはただただ震えていた。――早く死ねることを祈っていた。
二日後のニュースで、クラブから青年が救出された事件が報道された。救出された青年は、右腕を肩から、左腕の肘から先、両足首を切断されていたそうだ。
事情を聞こうにも青年は「殺してくれ」と小さな声で呟き続けるのみで、部屋の中では女性が薬物の過剰摂取により息を引き取っていたらしい。