47 通告
あの手この手で小さな悪魔を祓い終えた寛介は、フリードの提案でマリアの家に来ていた。いくら寛介の妹とはいえ、襲撃の実行犯である美子を城下に置いておくのは不味いという判断である。
「すみません、マリアさん厄介事を持ち込んでしまって」
柔らかな笑顔を浮かべながらマリアが首を振る。
「いいんだよ、そんなの気にしなくて」
美子はベッドを借りて奥で眠っている。目を覚ましたときにどうなるかわからないので、ゆっくりしていられないというのも実際のところだった。
マリアが用意したお茶を飲みながら、寛介は次の動きを考えていた。
(とにかく情報が必要だ)
マクスウェルに現状報告と情報をもらうために念話を送る。しかし、しばらく待っても返事は帰ってこなかった。
(時間も時間だし、また後にしよう……)
そう言いつつも考えることはやめられず、寛介の思考はゴールのない迷路に迷い込んでいった。
日が落ち一時間ほど経った頃、戸の開く音が来訪者を知らせる。
「ただいま婆ちゃん、急にごめん」
「お邪魔します」
平服姿のフリードと、見目麗しい女性がマリアに挨拶した。
女性の姿を見た寛介は目を丸くする。
「カナエさん!?」
「案外早い再会だったね、寛介」
カナエが手を上げながら軽く挨拶してみせる。マリアは二人の顔を見て、嬉しげに二人に駆け寄る。
「あらフリッツいらっしゃい。それにカナちゃんも久しぶりねぇ、もっと帰ってきてくれてもいいのに」
カナエが顔を赤くし、抗議の声をあげる。
「マ、マリアさん!? その呼び方はちょっと……」
「あら? 駄目かい?」
「いや、駄目ってわけじゃ……」
悲しそうな顔で言うマリアに焦るカナエが意外で、寛介は思わず吹き出してしまった。カナエが赤い顔のまま、キッと睨みをきかせてくる。射殺さんばかりのその目線に寛介は青くなって顔を逸らす。
その様子を見ていたフリードが苦笑いしながら本題に入ろうと口を開いた。
「ところでカンスケ君、妹さんの様子は?」
「今は奥で眠ってます、ノノとナルが様子を見てるので何かあればすぐわかります」
フリードは「そうか」と口にすると、咳払いを一つする。雰囲気が変わったことがその場の全員が理解した。反射的に寛介が身構える。
「今回のことについてだが、帝国としての判断を伝える」
フリードがジロリと寛介を見る。二人の視線が交差し、一触即発の空気が流れた。
時間にして数秒であったが、横からケラケラと笑う声が聞こえる。
「フリッツ、寛介にその冗談は通じないぞ」
その言葉を聞いたフリードの口元が緩んだ。
「いや、すまない、つい興が乗ってしまった、許してくれカンスケ君」
一瞬、理解が遅れた寛介であるが担がれたことに気がついたのか、恥ずかしそうに俯いた。
「あー、笑った笑った。さあフリッツ、本題に入ったらどうだい」
よほどツボにハマったのか、お腹を抑えながら笑っている自分が一番本題を逸らしているのだが、気にもせずにそう言ってのけるあたり流石はカナエというところだ。
なにか言いたげな目をカナエに向けていたフリードであったが、諦めたように話し始める。
「帝国は王国へ厳重抗議、場合によっては宣戦布告を行うこととなった」
それはそうだろう、と寛介は思った。それに、正直を言うとそのようなこと”いまは”どうでも良かった。寛介が知りたかったことはただ一つだったから。
「そして王国の勇者として“魔法使いに操られていた少女”は、私に一任された。洗脳が解けているようなら不問、解けていないようなら処分せよと。だが、我々には人間が魔法の支配下にあるか否かを見極める技術はない、そこで」
やけに芝居がかった口調のフリードがわかりやすくカナエに目線を送ると、ニヤリと笑う美女が口を開いた。
「私が預かることになった」
「……」
いくらカナエとはいえ、妹を勝手に預かると言われただけで、はいそうですかと即答できるほど寛介はものわかりがいいわけではない。
「あの“洗脳”は自然に解けることはないからだ」
無言の圧力を気にも留めず話を進める。
「とは言っても、私でも今は解くことはできないが」
カナエの言葉足らずな説明に、寛介がさらに詳しい説明を求めて押し黙る。目線だけはカナエから外さないように。
「怖い目ができるようになったな。悪ふざけはこのぐらいにして、きちんと説明するとしよう」
まるで弟の成長を喜ぶかのようにカナエはそう微笑んだ。今度こそ真面目に本題に入るようで、雰囲気が変わる。
「ただお前に納得してもらうためには、昔話をしないとならない。寛介、私は前世の記憶を持っている」