46 治療薬
(うちも、できることをやろう)
一人残されたノノも倒れた兵士たちの治療を行うべく行動を開始する。
リュックサックの中から容器を取り出し、粘性の高い液体を傷口に塗りつけると、傷口が塞がっていく。
次々に倒れている兵士の治療を行う。中には既に息の無い者もいたが、感傷に浸っている暇はない。
その後も慣れた手付きで治療を続け、十二人目でようやくノノの仕事が終わった。
「これでよしっ。かなり使っちゃった、また作らないと……」
容器の中の液体の残量を見てそう言った。それにしてもいいアイデアをもらったとノノは頬を緩ませる。
ノノは生まれつき[緊急治療]のスキルを持っている。幼少の頃に血が滲む傷口を舐めると出血が止まり、傷が塞がったことでこの体質に気が付いた。
本人は “傷口”を“舐める”ことで、このスキルが発動すると思っていたが、寛介の何気ない一言で勘違いだと気づくこととなる。
「治療をする時、舐める必要ってあるのか?」
「え?」
質問の意図がわからないので答えに窮していると、妙なところで好奇心を覚えた寛介が実験をしたいと言い出した。
半日に渡って実験が行われた結果、ポイントはノノの唾液であることが分かった。
スキルの発動条件は、彼女の“唾液が付着”した部分に彼女の“身体の一部”が触れること。さらに、ノノの唾液の濃度は関係がないということも知ることができた。
その結果から、寛介のアイデアにより治療薬(ただし飲んでも効果はない)を製作することになった。
「そうすれば、ノノが嫌な思いをすることはないだろ?」
寛介は街で起こった騒ぎを思い出していた。その心遣いを感じていたからこそ、ノノは(正直自分の唾液を使って実験するのはいくら寛介が相手でも恥ずかしい)突飛な実験に付き合ったし、このアイデアにも前向きに取り組むことができた。
効率的に傷口に付着するように粘性をつけ、治療を受ける者を落ち着かせる効果を持つ香草を混ぜ込む、ポーションが完成するのに時間はかからなかった。
――寛介の接近に対して、まるで顔、胸、腹を同時に突くかのように素早い刺突が繰り出される。横に回り込み回避するが、避けた先に蹴りが襲いかかる。寛介がバックステップで避け距離が開くと炎弾の雨が撃ち込まれた。なんとか凌いでいるが、刻々と時間は過ぎていく。
「時間がない……!」
焦れば焦るほど、寛介の動きが固く、鈍くなっていく。避けるための最小限の動きが次第に大きくなり、反撃につなげることができなくなっていく。
「ぐっ!」
ついに美子の細剣による刺突が寛介の腹に突き刺さる。
絶体絶命のはずの寛介の口元がニヤリと歪む。
美子の顔に焦りが浮かぶことはない(浮かべることはできない)が、妙な雰囲気を悟ったのか寛介から離れようとする。
「捕まえた!」
しかしそれは、寛介により阻止される。
それはまさに逆転の発想、避けて反撃することが無理ならば避けなければいい。すべての力を、捕まえることに注いだ結果、ついに腕を取ることに成功した。
流れるように一本背負い投げを行い、地面に叩きつける。マウントを取り、美子の動きは封じられる。
「アアアアアアアアッ!」
うめき声をあげる美子の右目は赤く染まっている。
(すごい力だ……)
暴れる美子を全力で押さえつけているが、異常な力で押し返される。[限界突破]の発動が止まると間違いなく力負けするだろう。
(フリードさん、急いでくれ……!)
美子の身体から力が抜けていく。美子は眠るようにまぶたを閉じた。
それと同時に限界突破の効果が切れ、身体から力が抜けた寛介は倒れこんで大きく息をついた。
「よかった……」
起き上がれずに暫くそのままでいると声がかかる。その声色は少し遠慮がちだった。
「あー、その、カンスケくん」
声の主はフリードだった。
言いにくそうな顔で寛介を見つめている。
「実の妹を押し倒すなんて、禁断の愛って感じね」
ナルはからかうようにそんなことを言っている。
確かにはたから見れば、寛介がか弱い少女を押し倒しているように見える。
「いや、これは違う、身体が動かなくて……ひっ!?」
ゾクリと寛介の背中を生ぬるい空気が撫でる。
「カンスケ様何をしてるんですか……?」
寛介はそこにボーマンよりも濃い瘴気をまとった小さな悪魔を見た。