45 手段
寛介はボーマンとの死闘を思い出していた。体がまるで自分のものでは無いかのように動き、一時は魔族を圧倒した、あの感覚――
『ナルっ!!』
寛介が“喚ぶ”とその手に黒剣が現れた。以心伝心とばかりに寛介の意図を汲み取ったナルは口を開く。
『オーケー、じゃあやるよ。[限界突破]――』
単位時間あたりに扱うことのできる魔力量を魔力効率と呼ぶ。同じ魔法を使ったとしても魔力効率によって火力が上下し、あまりにも魔力効率が低い場合には発動に失敗することもある。[限界突破]はこの魔力効率を五分間、百四十四倍にするスキルである。
身体強化は使用する魔力が大きければ効果が増大するため、このスキル使用しながらであれば、効果を大きく上昇させることができる。
「――よし、これなら」
寛介の動きを察知した美子が炎弾を発射する。
先程までは何とか見えるだけだったのが、寛介の目は炎弾一発一発をハッキリ捉えていた。
寛介は容易く回避すると、美子の注意を引くべく距離を詰める。距離を詰められても美子は大して驚いた様子もない。それどころか細剣を用いた鋭い連撃を繰り出してくる。
「美子っ! 俺だ、兄ちゃんだ! 目を覚ませ!」
「……」
攻撃を捌きながら、声を掛けるが返事はない。しかし、寛介の声を聴くと顔をしかめ、聞きたくないとばかりに攻撃の手が激しくなっていった。
(すごい動きだ。あれがカンスケくんの奥の手、魔力使用量が急激に増加している。だがあれでは長くはもたない……)
フリードの推察通り、[限界突破]は魔力効率を上昇させるだけで寛介の魔力量自体が変化するわけではない。スキルの制限時間内だったとしても、魔力が切れると戦闘不能に陥ってしまう。
(急がなければ)
フリードは美子の注意を引かないよう、気配を消しながら回り込むようにして近づいていく。
男は二人の戦闘をまるで観察するように見ており、近付くことは難しくなかった。
そのままフリードは簡単に背後を取ると、剣を突き付ける。
「動くな、杖を手放し投降しろ」
「すごいですね、勇者の力というものは。同じ人間とは思えない」
突き付けられた剣に動じることもなく男は話し続ける。
「あの少年も食い下がってはいますが、あのような力の使い方では決着は早そうですね」
「投降しろ、三度目はない」
殺気が込められたフリードの言葉に、男の体が一瞬はねる。しかし、誤魔化すように男はニヤリと笑みを浮かべる。
「投降を求めるということは、逆に言えば殺したくないということです。そうでしょうとも、私を殺してしまえば暴走する勇者を止める方法がわからなくなりますからね」
「……」
「おや、図星ですか、ふふ――」
笑ってしまい力が抜けてしまったのか、ポトリと、男が短杖をその場に落としてしまう。
「私としたことが、大事なものを落としてしまうとは、――……は?」
拾おうと、落とした短杖に目線をやった男の思考が停止する。男の手はいまだに落としたはずの短杖をしっかりと握っていたからだ。
男は短杖を落としたのではなく、男の腕が切り落とされたことを理解するとすぐに痛みが襲ってくる。
「うっ――」
前腕の真ん中あたりで切り取られた腕の先から血が噴き出す。
「腕があああああああああああ」
「三度目は無いと言った。お前の言った通り、殺しはしない――」
フリードは痛みに悶える男を容赦なく蹴飛ばして、その場に転がす。
「死んだ方がマシだとは思うかもしれないがな」
寛介たちに見せていた紳士然とした態度はそこにはなかった。
フリードは手段を選ぶことなく目的を達成する、それがたとえ非道な手段であっても。
「ひっ」
「今回のお前たちの第一目標は決して帝国への侵攻ではないな」
男に表情を見ながら、フリードは考察を述べていく。
「お前が勇者と呼ぶ、あの少女の力は強大だ。侵攻を行うならば、あの少女に先陣を切らせ、王国軍と共に攻めれば我々に甚大な被害を与えることができただろう」
男の目が泳ぐのをフリードは見逃さない。
「“勇者”、“思考誘導”、“緊急制御”、ふむ――」
フリードは少しの思考の後、結論を述べる。
「勇者を軍事利用するのための実験」
「……」
「図星か。つまりお前の目的は、実験結果と“勇者”を持ち帰ること。つまり――」
フリードは男の太腿へ剣を突き刺す。
「ぐあっ」
「生きて帰る必要があるお前は、俺が何をしても、逃げることはできないな――」
「ふ、ふふふ。それはあなたも同じでしょう、私を殺してしまえば、勇者の暴走を止めることはできない」
男は開き直ったかのように挑発する。フリードはその言葉を待っていたとばかりに口を開く。
「なるほど、|お前はあれを止められる《・・・・・・・・・・・》ということか」
しまったと男は自分の失敗を悟る。しかし、それはもう遅かった。
「気が変わったら言ってくれ、|殺すつもりはないからな《・・・・・・・・・・・》」