44 暴走
体内の魔力を用い、魔法陣を介して望んだ現象を発生させる技術がこの世界では魔法と呼んでいる。起こす現象の規模が大きければ大きいほど魔力が大量に必要となる。
スキルの使用は魔法陣を必要としないが、魔法と同様に魔力は消費される。このことから、アクティブスキルも含めて広く魔法と呼ばれることが多い。
「そうそう、ところで、魔法陣に魔力を流すためにはどうすればいい?」
「魔力を流すって……、そう、こんな感じか?」
寛介は拳を握り、力を入れて説明すると、あまりにも雑な説明にナルに呆れ顔を返される。
「さっき[魔力喰い]を使ったときは、魔力経路を断ち切ってやることで魔方陣に魔力を供給できなくして魔法の発動を中断させたの」
「なら美子にかけられた魔法も――、……っ」
寛介は何かに気がついたのか、途中で言葉に詰まる。それは最悪の事実であった。
「そう、魔法の発動は止められるけど、発動した魔法は止められない。理解してくれた?」
「……ああ」
痛みが少しでも和らげばと寛介は美子の頭を撫でている
「――お話し中、すみませんね」
聞き覚えのない声が突然、会話へ割り込んでくる。
「誰だ!?」
寛介とフリードは警戒心をあらわにして身構える。
そこにはローブに身を包んで短杖を持つ、まさに魔法使いのステレオタイプのような男が立っていた。
「そう身構えないでください、そちらの勇者様を回収すれば我々は戻りますので」
男は胡散臭い笑顔を浮かべている。
「なんだと? そういわれて俺が、『はい、わかりました』と返すとでも思っているのか?」
強気に答えながらも、寛介の勘が男の危険性を伝えてくる。
「いえいえ、あなたに渡す意思があるかどうかは関係ありません」
男が手に持った短杖をかざすと、美子の身体がビクッとはねた。
「美子っ!?」
「貴様、何をした!」
男は気味悪く笑みを浮かべたまま、何も答えようとはしない。
「……」
すると、先ほどまで痛みで動くこともままならなかったはずの美子が立ち上がったかと思うと、ふらふらと男に近づいていく。
「どうした、美子。どこに行くんだ?」
とっさに腕を掴み止めようとする寛介だが、
「なっ!?」
尋常ではない力で振り払われる。体勢を崩した寛介はしりもちをついた。
美子は寛介を一瞥することもなく、男の元へ進んでいく。
「さて、では帰るとしましょうか勇者様」
「くっ、このまま行かせるか!」
美子の異変は男によるものだと判断した寛介は、逃がすまいと捕えにかかる。
大した抵抗もなく、寛介は簡単に男を組み伏せることができた。
「早く自由にした方がいい、きっと後悔しますよ?」
明らかに不利な状況で男は不敵に言う。
あまりにも異様な手応えのなさと、男の言葉に寛介は戸惑っていた。
「一体何を後悔するって――」
「ギャアアッ!」
寛介が言い終える前に、けたたましい叫び声が上がる。振り返ると、美子が頭を抱えながら叫んでいた。
「美子!?」
呆然と空を見上げて立ち尽くす美子、寛介は近づき声を掛ける。
「お、おい美子、大丈夫――」
突然、美子が寛介の顔面目掛けて右足で回し蹴りを繰り出す。寛介は回避が間に合わないと判断し、防御姿勢を取った。
顔を守るように両腕で蹴りを受けると、鈍い音が響いた。
その衝撃は寛介の予想を遥かに超えており、身構えて受けたにも関わらず数歩よろけてしまう。
(なんだこの力は!)
驚いた寛介だったが、すぐに体制を整えると、追撃を避けようと跳ぶように後方へ下がり距離を取った。
「カンスケ様、大丈夫ですか!?」
心配して寛介の下に駆け寄ろうとするノノを寛介は叫んで制する。
「ダメだ危ないから離れてろ!」
「っ!」
美子は寛介を見つめながら何かブツブツと呟きはじめる。
片目は真っ赤に充血し、据わった目は少なくとも兄妹に向けるそれではなかった。
呟くのをやめた美子が手を前にかざすと、おびただしい数の炎が浮かび上がる。
あまりの数に、遠目では一つの炎の塊にも見えるそれが寛介目掛けて弾丸のように発射された。
「くそっ!」
すばやく回避行動を取る。幸いにも追尾機能等は無く直線的な軌道であったため、魔力操作で眼を強化してさえいれば、避けることは難しくはない。
しかし炎弾の数は次第に増えていき、大きさも増しているため、このままではジリ貧だ。
「なるほど、“緊急制御”の動作は問題なし。“思考誘導”も対象との再会によって若干揺らぎはありましたが、許容範囲内と」
男は短杖を見つめ、満足そうに笑みを浮かべている。美子がこの男に何らかの方法で操られているのは明白だった。しかし、美子が男を守るように寛介たちへ対峙しているため近づけない。
「フリードさん、俺が美子を引き付けている間にあの男を捕らえることは可能ですか」
「ああ、しかし引き付けるとなると――」
遠距離で対していれば、男に近付けば攻撃対象がフリードに移るだけで、結局は男を捕らえることはできない。ある程度近い距離を保ちつつ、攻撃をいなさなければならない。
「何か策が?」
「一つだけ、やってみたいことがあるんだ」