42 女神
歓声の元へ到着すると、そこには信じられない光景が広がっていた。それも無理はない、屈強な兵士たちが、我も忘れて一人の少女を胴上げしてるのである。
「えっ!? ノノ!?」
寛介は目を疑った、感極まって活躍した者を胴上げする、なるほどそういうことはもちろんあるだろう。疑問点は二つである、まず、なぜノノが胴上げされているのかということ、そしてなぜ亜人が胴上げされているのかということである。亜人に対する差別は根深い、この短期間の旅で身にしみて理解してきた寛介の中では、今起こっている現象は理解しがたいことであった。
全員が全員、ノノの胴上げに参加しているわけでは無いようで、その様子を苦々しく見ている者もいる。気分を害したのだろう、
「ちっ、亜人のくせによぉ」
などと呟いてしまった者の頬には拳がめり込む。拳の主であるノノを胴上げしていた集団の一人が、怒鳴りつける。
「てめぇ! 女神様になんてこと言いやがる! 俺らが誰一人死ななかったのは誰のおかげだ!?」
殴られた者もそれは理解しているのだろう、拳を握りしめながら、下を向く。
「そこまでだ」
フリードが、その二人のやり取りに割って入った。急な指揮官の登場に驚いた二人は声を揃えて叫んだ。
「も、申し訳ありません少将!」
「君はあの馬鹿共を落ち着かせてここに集めてくれ、そして君は何があったか説明を頼む」
「はっ」
殴りつけた者は命令に従い、今だ胴上げが収まらない連中のもとへ急いだ。そして殴られたものは経緯を説明し始める――
――寛介に言われて、建物の影に隠れていたノノたちは、戦況を見つめていた。
フリードの[鎧通]がボーマンに命中し、ボーマンは倒れたが、魔獣を相手取った兵士たちは押されていた。
「あらら、兵士さんたちはダメそうかぁ」
ナルがのんきにそんなことをつぶやいていると、ノノが立ち上がった。
「ナルちゃん、カンスケ様に何かあれば助けてあげてくださいね」
そう言うと、返事も待たずに苦戦している兵士たちのもとへ走り出した。
遠目で見ているよりも、戦況は悪かった。そこかしこに多数の兵士が、止血もままならない状態で倒れている。ヘルハウンドが兵士たちの壁を超えるが、それを止める後詰めもいない。倒れていた兵士は、ふらつく足で起き上がり、ヘルハウンドに立ち向かう。
「通さない……」
しかし、ヘルハウンドの体当たりを耐えることもできず、吹き飛ばされる。ニヤリと牙を向きながら、とどめを刺すために近づいてくる。今にも襲いかかろうとするヘルハウンドの喉元を何かが通り過ぎたと同時に血しぶきがあがる。しばらく苦しんだ後、ヘルハウンドは絶命した。
「よかった……」
吹き飛ばされたことで傷口が広がっている兵士は出血多量の影響で倒れ込んだ。ノノは急いで治療を始める。リュックサックから、試験管のような形をした容器を取り出すと、中に保存された少し粘度のある液体を傷口にかけ、手で塗り拡げる。
「ありがとう……」
血が止まり、一安心したのか男は気を失った。ノノは次々と怪我人を治療していく、中には、ノノが亜人ということから治療されることを嫌がる兵士もいたが、
「うるさいです! 力づくで黙らせますよ!」
と、もはや怪我人にかける言葉ではない言葉で黙らせて、治療を行う。戦闘不能に陥ったものを全員治療し終わった後は、戦線に加わり魔獣を蹂躙する。ノノを奇異の目で見る兵士も、獅子奮迅の活躍を見て次第に目の色が変わっていった。
「すごい、敵の数がドンドンと減っていく!」
「なんで亜人が俺たちを助けるんだ? 」
「いや、あれはきっと女神様だ」
などと勝手に話が進み、ノノが最後の魔獣を狩ったときには、周りの兵士が、女神様バンザイなどと叫びながら胴上げが始まったのであった。
「――というわけであります」
フリードはため息をついて、頭をかかえる。
「前から思っていたが、もしかして馬鹿しかいないのか、うちの奴らは。いや、ご苦労、もういいぞ」
「はっ」
話を聞き終わると同じタイミングでようやく、興奮冷めやらぬ様子で兵士たちは整列した。
「皆無事のようで何よりだ、既に知っての通りだと思うが、この戦いはとある助力で勝利を得ることができた」
女神様バンザイ、と叫ぶ声がちらほら聞こえたが、フリードの視線ですぐに収まった。
「冒険者のカンスケくん、その仲間のノノさん、ナルさんだ」
紹介が終わり、フリードが本題に入る。
「また城に戻って連絡があると思うが、我らは王国と戦争をすることになるかもしれない。今日の魔族の襲撃は王国が手引きした可能性もある!」
兵士の中から、異を唱えるものが現れる。
「よろしいでしょうか! そう確信されたのは、そこの冒険者の言葉でありますか? 失礼ながら、その冒険者が手引きし、我々を混乱に陥れようと――」
フリードが鋭い目で、厳しい言葉を用いて制する。
「黙れ」
口を開いた兵士の体が、ビクリと震える。今にも泡を吹いて倒れてもおかしくない様子だ。
「二度、二度もだ、俺が命を救われた。それ以外に信じる理由は必要か?」
「い、いいえ、大変失礼しました」
ゴホンと咳払いをし、改めて全体を見渡す。
「聞いての通り、この方々は我々帝国の恩人であるも同義だ。肝に銘じておくように」
それ以上の異論が、その場から上がることはなかった。緊張した空気が一気に弛緩していく。戦いが終わった、このとき、その場の全員がそう思っていた。
「――緊急連絡! 北門陥落の危機!」
その知らせが届くまでは。