40 王国の勇者
――数時間前、寛介が夢の中でナルとやり合っていた頃。帝国の北門に小柄な可愛らしい少女が現れた。しかし、その小鳥がさえずるような可愛らしい声からはどんな感情も読み取れない。
「私はバルスタ王国の[月の勇者]。帝国に命を奪われた兄の仇を取りに来ました、ここを開けてください」
当然、門番が取り合うわけがない。嘲笑を浮かべながら口を開いた。
「はぁ? 何いってんだお嬢ちゃん。勇者ごっこは他所でやりな」
門番の態度に特に気分を害した様子もなく、少女は再び、口を開いた。淡々と、事務的に。
「ここを開けてください、これは最後通告です」
「しつこいな、帰れ――」
「……バーストフレア」
門番には後悔する時間すら与えられなかった。少女が手をかざすと、門前に炎の塊が生まれた。それは風船が膨らむように大きくなっていき、爆発した。爆発によって発生した熱風や土煙が落ち着いたとき、彼女を阻む門はすでに役割を終えていた。
そうして彼女は何事もなかったかのように、門があった場所から帝国内に進んでいく。南門から花火のようなものが上がったのが見えたが、少女が気にする様子はない。
爆発音を聞いて帝国の兵士たちが北門に集まってくる。
「貴様、なんのつもりだ!」
侵入者を囲うように、帝国の兵士たちは武器を構えて立ちふさがる。
「私はバルスタ王国の[月の勇者]。帝国に命を奪われた兄の仇を取りに来ました」
まるで録音したものを再生したかのように、同じ調子で話す少女。発せられる無感情な声の不気味さに、兵士たちは気圧されていた。
兵士たちの後方から、よく通る声が響く。
「落ち着け!」
体格の良い男が前に出ると、少女たちを見据えて口を開く。
「私は帝国軍マクロ―大佐だ。勇者を名乗る王国の使者よ、どのような要件があったとしても、ここまでされて、はいそうですかと先に進ませるわけにはいかんぞ」
殺気を込め睨みつけるが、少女にはいかなる変化もない。
(フリッツの言うことを疑っていたわけじゃないが、これは厄介なことになりそうだ)
などと思案しながら、彼は兵士たちに命令する。
「通してはならん! 我々は帝国の防衛線である」
「ウォー!」
その一言で、兵士たちの士気が上がる。対する少女はその様子を感情のない虚ろな目で見つめているだけだった。
北門で爆発が起こったとき、南門にはボーマン率いる軍勢が近づいていた。
「なんだ、この魔獣の群れは!」
接近に気づいた門番はそう言うと懐から道具を取り出す。道具の下部から垂れ下がる糸を引き抜くと、先端から花火が上がった。十メートルほど上昇したそれは、空中で音とともに破裂する。
響いた音に魔獣は一瞬怯むも、脅威ではないと判断すると門番に襲いかかる。対抗するも敵わず、門番は地に伏せた。
「無駄なことを、さぁ進め」
ボーマンの合図により、門が崩される。魔獣の軍勢により、家屋が蹂躙されていく。住人たちは既に信号弾を見て避難を済ませており、死人は一人も出ることはなかった。軍勢の侵攻は続く。街の中心部に差し掛かる頃、魔獣の歩みが止まった。
「ここは通さん!」
門番の信号にいち早く反応した帝国軍の兵士たちが、フリードの指揮のもと侵攻を防ぐべく布陣していた。
「我ら帝国軍の意地を見せろ!」
フリードがそう叫ぶと、魔獣に襲いかかる。返り血を浴びることを気にも留めず、徒手空拳で魔獣の命を奪う姿は修羅であった。魔獣の死骸が積み重なるとともに、兵士たちはフリードに続けと意気を揚げる。
フリードは魔獣を兵士たちに任せ、ボーマンへ目を移す。そして死闘が始まる――