4 レベルアップ
マクスウェルの部屋の窓から出て、とりあえず走っていた寛介だったが、よく考えるとソロンの方角や行き方を聞けていなかったことに気がついた。
「さっそく役に立つな」
寛介は親指の念話珠に力を込めながらマクスウェルに話しかけた。
『マックス、聞こえてるか? ソロンの方角を聞けてなかったんだ、どっちに向かえばいい』
さっき念話できたときと同じ感覚があったため、送信はできているようだが返事はなかった。
「……早速手詰まりかよ――うわっ!」
つぶやいていると、寛介はその場ですっ転んだ。どうやら足元に植物のツルがあったらしい。
「それにしても暗いな、目を凝らしても何も見えないぞ」
その後も何度も転んだり何かにぶつかったりしてしまう。しかし、いつの間にか寛介は自在に夜道を歩けるようになっていた。
「目が慣れてきたのか? 何となく見えるようになってきた」
月は雲で隠れ、当然現代日本と違って街灯もない。しかし今、寛介の目には夜道が光で照らされたようにはっきりと視認できていた。ハッとなった寛介はウエストバッグから羊皮紙を取り出した。
「――文字もはっきりと読める」
そこにはマクスウェルの言っていたとおり入っている魔具等の一覧と基本的な効果が書かれていた。
「考えても仕方ないか」
寛介は訝しみながらも答えが出ないので考えることを一旦止めた。
そうしてまずは羊皮紙に書かれていることを確認することにした。ウエストバッグに入っている魔具は基本的に消耗品のようだ。
「気絶珠、大きな音と光で相手を戦闘不能にする道具か」
隠れていた月が顔を出すと、大きな門が見えてきた。城下町の端まで来たのだろう、門の前には明かりを持った兵士が一人門を見張っている。
「門番か……」
すると王城の方から一人兵士が歩いてきた。
「報告だ、王が暗殺された。この街から一人も出すなとの命令だ」
「何?わかった。外の番にも伝えないとな」
兵士が門を二回ノックすると、通用門が開く。
「今だ」
魔具に力を込めてから寛介はそれを兵士たちに向けて投げ込んだ。兵士たちの間に転がったそれは激しい音と光を放出した。離れて目と耳をふさいでいても頭がクラクラする。間近でくらった兵士たちはひとたまりもないだろう。
「よし、成功かな?」
寛介は倒れた兵士を確認し、通用門から出た。
城下町から出るとそこは草原だった。草原が切り開かれ、整備された街道が続いている。
「とりあえず、街道沿いに歩いてみるか」
歩いていると草原の方から何かが飛び出してきた。
「ガルルルルルッ」
「犬!? にしてはデカイし・・・なんか禍々しいな」
その犬の魔獣は寛介に向かって突進してきた。寛介は横に飛び、それを辛うじて回避する。
「うお! 危ねえ!」
休む間もなく、犬の魔獣はその牙と爪で寛介に連続攻撃を仕掛けてくる。
「無理無理無理!」
寛介も必死に避けるが、このままではジリ貧だ。
「これを使うしか無いかっ!」
寛介はウエストバッグから気絶珠を取り出し、魔力を込めて投げ、耳と目を塞ぐ。大きな音と光が鳴り響いた。
「グルル……」
犬の魔獣は気絶しなかったが、その場で倒れて唸っている。時間をおけば、また立ち上がり襲われるだろう。寛介は意を決し、ダガーを取り出して犬の魔獣の首元を刺す。犬の魔獣は苦しそうに呻きながら、事切れた。
「うっ」
その手で初めて命を奪った寛介は動揺を隠せない。しかし、悠長にしている場合ではない、爆音を聞いた兵士たちはすぐにここへ駆けつけるだろう。
「……逃げないと」
寛介は死骸からダガーを回収し、吐き気に耐えながらその場を離れた。
二人の兵士がその場にたどり着きその死骸を発見したとき、数分の時間が経っていた。風に乗って群れに臭いが届くまで十分な時間である。
「ヘルハウンドの死骸……くそっ、死んでから時間が経ってやがる――っ!?」
兵士たちを取り囲むようにヘルハウンドの群れが現れた。仲間意識の強いヘルハウンドは、狩りに出た仲間が死ぬと仇討ちをする性質がある。ヘルハウンドの死骸には臭い消しの薬草をふりかけるか、深く埋めるのが常識でそれを怠るとこのように群れで襲ってくる。
「くそ、この数はヤバイ!」
「あれを使うぞ」
「賢者様から支給された新型の魔具か、よし」
兵士たちは魔具を取り出すと魔力を込める。魔具の効果だろうか、体温が上昇し体が軽くなっていく。兵士たちに得も言われぬ全能感が溢れてきた。
「すごいぞこれは……、これなら――え?」
突如、兵士の目の前は真っ赤に染まる。全能感は消え、心臓の鼓動だけが早くなっていくのを感じる。危険だ、すぐに魔具を手放したい気持ちになるが体が言うことを聞かない。
(な、なんだこれは……)
何が起こったのか理解もできずに、兵士は意識を失う。直後爆発が起こり、ヘルハウンドの群れは兵士もろとも消し飛んだ。
「はぁ、はぁ」
全力で走った寛介は体力の限界を迎え、息を整えるために立ち止まった。
息を整えていると、脳内へ爽やかな青年の声が響いた。
『カンスケ、聞こえるか?』
マクスウェルからの念話だ。
『ああ、聞こえる』
『すまないカンスケ、焦ってソロンへの道順を伝えられてなかった』
マクスウェルは申し訳なさそうに言った。
『城下町の門から街道沿いに歩いたところにメソという小さな町があるんだけど、そこからソロンへの定期馬車が出ているはずだ。それに乗れば二日ぐらいでつくはずだよ』
『わかった、ありがとう。あ、そういえば』
寛介はヘルハウンドとの戦闘について報告をしようとするが、
『――何かあればまた連絡する、どうか気をつけて』
何かがあったのか、突如低くなった声とともに念話が途切れた。
『何かあったのか?』
念話を送るが、返答はなかった。心配だったが、寛介の方も決して余裕があるわけではない。とにかくメソに向け、寛介は歩き始める。
「それにしても、こっちに来てから飲まず食わずだなぁ。腹減った……」
寛介の腹から大きな音が鳴り響く。町に着いたのは昼前ぐらいであった。