35 魔騎士
寛介は剣を構えたまま、男の返答を待つ。
しばらくして、鎧の男が口を開いた。
「見られたからには逃すわけにはいかぬ……、お前たちは下がっていろ」
鎧の男は、周辺の魔獣たちに指示して下がらせるとゆっくりと歩み寄ってくる。
「動くな!」
寛介が威嚇するが、鎧の男は構わずに近づいてくる。我に返ったノノも双剣を抜き、身構えた。
「我が名はボーマン、冥界軍の騎士の一人である。さあ、主らも名乗るがいい」
鎧の男が高らかに名乗りを上げる。
「俺は……神矢寛介、冒険者だ」
「うちはノノ、カンスケ様の従者です」
ボーマンは頷くと背負っていた身の丈ほどもある大剣を構える。
「カンスケにノノ、覚えたぞ。それでは別れのときだ」
そう言うと、ボーマンは寛介に踏み込み、大剣をまるで細い木の枝を降るかのように軽々と叩きつける。
「シャアっ!」
寛介は強烈な斬撃をなんとか回避する。大剣が地面をえぐり、その衝撃で木々が揺れる。
「この威力は、まともにくらうとヤバい!」
「避けたか、見事だ。だが――」
寛介に気を取られている隙に、背後からノノが双剣で斬りかかる。
「――甘い」
しかしボーマンはまるで背中に目がついているかのように攻撃をいなす。体制を崩したノノはボーマンに蹴飛ばされ、木に衝突する。
「ッ……」
体を強くぶつけた衝撃で、ノノは起き上がることができずぐったりと倒れ込んだ。
「ノノ!? てめぇ!」
感情的になった寛介がボーマンに斬りかかるが、そのすべてを大剣で器用に防がれてしまう。
「くそっ! ノノ、大丈夫か!? おい!」
声をかけるが返事はない、倒れ込んだノノからはヒューヒューと引っかかるような呼吸音が聞こえてくる。
「余所見をしている余裕があるのか?」
ボーマンが距離を詰め仕掛けてくる、寛介は余裕を持って躱していく。
「ほう、剣の腕は素人だが見切りは達人級か、面白い。ならば、少し本気で行くぞ」
そう言うと、ボーマンの纏う瘴気が更に禍々しくなる。剣から黒い瘴気がゆらゆらと溢れ出ている。瞬きをした一瞬、ボーマンの姿が寛介の視界から消える。
「!? 後ろか!」
魔力操作による感覚強化により、背後からの攻撃に気がついた寛介はギリギリで避けた――はずだった。
「ぐああっ!」
血しぶきが舞う、避けたはずの大剣から溢れ出る瘴気が刃となり、寛介の体を切り裂いた。
「他愛ない、こんなものか、せめて苦しまないようとどめを刺してやろう」
大量の失血により寛介の視界がぼやけ、足から力抜けその場へひざまずく。大剣の切っ先が近付いてくるが、どうにも避けられそうにない。
剣が突き刺さる。
「カハッ!」
しかし寛介にではない。
「えっ……?」
その剣は、突き刺さる寸前に、寛介を守るように間に割り込んだノノの腹部へ突き刺さっていた。
「……ンスケ様……逃げ……」
「ああ、ノノ、ダメだ、そんな……!」
ボーマンがノノの腹部に刺さった大剣を抜くと、傷口から血が溢れ出す。ノノはその場に倒れ込み、地面が血で染まる。その姿を見たボーマンは憐れんだ目で倒れているノノを見ながら口を開く。
「無駄なことを、ただ順番が入れ替わるだけ――、ッ!?」
言葉を終える前にボーマンが何かを感じてその場から飛び退いた。
寛介の周辺に大きな魔力が渦巻いていく。その魔力は手に持つ漆黒の剣を中心に広がっているようだ。
「なんだ? その剣は……」
警戒し身構えるボーマンの知覚を寛介のスピードが上回る。踏み込んだ寛介はボーマンを袈裟斬りにする。その衝撃はボーマンの甲冑が砕いた。
「殺してやる」
寛介は一言そうつぶやくと、再び斬りかかる。ボーマンは距離を取ろうとするが、寛介はとてつもないスピードで襲いかかりそれを許さない。急所に攻撃を受けないようにギリギリで避けているものの、寛介の攻撃にボーマンの目は全く追いついていない。
「眠れる虎の尾を踏んだか……!」
寛介の攻撃の手は休まることはない、斬る、突く、突く、斬る、一撃一撃にボーマンへの殺意を込めて強烈な攻撃を繰り出していく。対する、ボーマンは防戦一方である。
だが、終わりは突然にやってくる。
「!?」
寛介が突如その場に倒れ込んだ、渦巻いていた魔力も霧散していた。体を動かすどころか、息をすることさえ難しい。魔力欠乏の症状である。
「……力を増幅させる剣、諸刃の剣だな。だが、見事だ」
ボーマンは剣を収めると、寛介たちに背を向ける。
「お前たちはじきに死ぬだろう。最期の刻を二人で過ごすが良い」
そう言うと、コボルドらを引き連れてその場から立ち去っていった。
寛介は地面を這い、ノノのそばまで移動した。そして倒れるノノを抱きしめると、
「ノノ、死なないでくれ、頼む……」
そう言って、意識を失った。