33 自治協会②
「では森に向かいますか、カンスケ様?」
「いや、その前にギルド全体を見て回ろう」
寛介は続いて取引受付に向かうことにした。受付に到着するとガラの悪そうな冒険者が受付の女性に絡んでいた。
「ちょっと安すぎるんじゃねぇか!?」
「いえ、相場通りです、保存のせいでしょうか品質も良くないのでもう少し安くてもいいぐらいです」
「な!?」
「もし問題があるなら他を当たってもらっても構いません、ご自分で流通ルートを見つけてお売りいただいたほうが稼げるかもしれませんよ」
「クソ可愛げのねぇ女だ、へへっ、なら金額はこれでいいからよせめて酒でもついでサービスしてくれよ」
冒険者が女性の腕をつかむ、どうやら酒に酔っているようだ。寛介が助けに入ろうとするが、すぐにそれが必要ないことがわかった。
「はなしてください」
「ああん? 聞こえないなぁ」
「警告はしました」
そう言うと、女性は冒険者の腕を両手でつかんだまま、足の力を抜いて座り込んだ。女性の体重とはいえ、片手で支えることができなかった冒険者は前のめりにバランスを崩して受付台に顔をぶつける。かなりの衝撃音があたりに響いた。
「ハガッ! ひゃ、ひゃが……」
もろにぶつけてしまったのだろう、冒険者の歯がかけてしまったようだ。顔を抑えながら呻いている。
女性は自由になった手でパンパンと制服の汚れを払いながら立ち上がる。
「あら、ひどい怪我ですね。医務室はあちらですよ、それとも、まだ何か?」
「ひぃ!」
冒険者は情けない声を上げながら駆けていった、冒険者が去ると拍手が巻き起こる。近くに座っていた別の冒険者が口を開く。
「いやー、さすがはベスちゃんだねー。大の男相手に一歩も退かずにやり込めちゃうなんてねー」
「ほんとほんと、しかもあんなことがあったのにあんな澄ました顔して、ちょっと興奮するよな」
「は? お前そういう趣味なの?」
そのような下品な会話が聞こえたのか、女性は無感情な目で冒険者たちを見つめる。いたたまれなくなった冒険者たちはその場から立ち去っていった。
「全く……、ん? そこの方、何か御用でしたらどうぞ」
立ち尽くしていた寛介たちに気付いた女性は声をかけてきた。寛介たちは言われるがままに受付の前へ移動する。
「初めてのお方ですね、私は取引受付担当のエリザベスです、皆さんからはベスと呼ばれています。こちらでは採集物の買い取りや代理販売などが行えます、今回はどのようなご用件ですか?」
エリザベスは機械のように正確に、無感情に説明を行った。
「特に用というわけじゃなかったんですが……。でも買い取りをしてもらえるなら、ノノ、あれを出せるか?」
「はい! ちょっとお待ち下さい」
ノノはリュックの中をガサゴソと漁ると、鈍竜の鱗を五枚取り出し、寛介に渡した。
「どうぞ、カンスケ様」
「ありがとう。これなんですけど買い取りをお願いできますか?」
鈍竜の鱗を見たエリザベスの眉がピクリと動く、先程まで無表情だったことが嘘のように目をキラキラさせながら鱗を手に取り確認し始めた。
「これは……とても良いものです、剥ぎ取り方が上手だったのでしょう、状態もいい!」
あまりの変わりように寛介もノノも少し引いてしまっている。しかし構わずエリザベスは鱗を撫でたり、光に透かしてみたり、うっとりと眺めていた。
しばらく待っていた寛介であったが、全く飽きずに鱗を眺めているエリザベスがずっとそうしていそうだったので諦めて声をかけることにした。
「あの、すみません、大丈夫ですか?」
「はっ! いえ、大丈夫です。こちらの買い取りですね、金貨二枚でいかがでしょうか」
我に返ったエリザベスは買い取り金額を寛介に伝える、相場を知らない寛介が二つ返事で、
「はい、じゃあそれで」
とエリザベスに伝えると、エリザベスは、ありがとうございます、と言いながらトレイに金貨を置いた。その枚数を見て寛介は首をかしげる。
「あの、十枚あるんですけど、間違えてませんか」
エリザベスは先程の興奮はどこへ行ったのやら、最初の無表情に戻り寛介に説明した。
「いえ、間違いありません、鱗一枚で金貨二枚ですので。両替はされますか?」
金貨を使った取引は滅多に行われないため、町の商店などでの売買時に金貨で支払いをしようとすると偽金を疑われ取引を拒否されることもあるらしい。そのため銅貨か銀貨を持っておくと効率がいいということでエリザベスは寛介にそう提案した。
「じゃあ金貨一枚を銀貨にしてもらっていいですか」
「かしこまりました、こちらになります」
「ありがとうございます」
「他にも、何か珍しいものを手に入れたら是非見せてください!」
寛介たちがその場から去ろうとすると、エリザベスが少し興奮気味に話す。寛介たちは引き気味に首肯し、受付から離れた。
「次は飲食の受付ですか?」
「ああ、そうだな、ちょうど腹も減ってきたし何か食おう」
寛介の食事は全て自分で作りたいという気持ちの現われか、ノノがムッとした表情を見せる。それを察した寛介はノノの頭を撫でながら言う。
「そんな顔するなよ、一緒に食べるってことに価値があると思うぞ」
撫でられ、そのようなことを言われたノノは顔を赤くしながら呟いた。
「うー、カンスケ様、とりあえず頭撫ればいいとか思ってませんか……?」
「思ってない思ってない、じゃあ行くぞ」
飲食の受付には小柄な少女が立っていた。少女は二人に気がつくと元気な声で話しかけてくる。
「いらっしゃいませ! お食事ですか? 今日はB定食がおすすめです! あれ?」
くりっとした目で二人を見ながら少女は自己紹介をする。
「初めましてですね? 私はエイミー! よろしくお願いしますね!」
「俺は神矢寛介、こっちはノノ、よろしく」
エイミーは可愛らしい笑顔を浮かべながら喋る。
「カンスケさんにノノさんですね? よろしくお願いします! もう妹たちのところは回られたんですか?」
「妹?」
エイミーの発言に寛介が首を傾げる、何を言ってるんだ、といったような表情を浮かべて返答に困っているとエイミーが言った。
「他の受付に立ってた子たちです! 何かご迷惑をおかけしませんでしたか?」
寛介の目が点になる、どうやら受付の女性たちは全員姉妹だそうだ。そして明らかに末妹にしか見えないエイミーは長女だという。エイミー、マーガレット、ジョゼフィーン、エリザベスの順番の姉妹構成らしい。
「すみません、見かけがお若かったので……」
「いつものことだから気にしないでください!」
エイミーは本当に何も気にしてないようだ。寛介たちにメニューを見せて再度おすすめを伝える。
「今日のおすすめはB定食です、美味しいお魚が入ったんですよ~!」
寛介たちは特に断る理由もなかったのでおすすめされるがまま料理をお願いすることにした。
「はい! それではおかけになってお待ち下さい、でき次第お運びします!」
席についてしばらく待っていると、料理が運ばれてきた。寛介は料理を見て絶句する。
「こ、これは……」
定食のメインは川魚のムニエル、その横には茶碗に入った白米が添えられていた。こちらの世界に来てからと言うもの、炭水化物は基本的にパンだったため寛介は少しばかり興奮している。
「カンスケ様何だか嬉しそうですね」
「ああ、やっぱりお米は良いもんだ。ノノは食べたことないのか?」
「うちたちは基本的に肉とか野菜、果物とかしか食べません、魚もあんまり食べないんです」
そのような会話をしながら、二人は料理を食べ始めた。味もよく、どんどんと箸が進んだ二人はすぐに食べ終わる。
「美味しかったですねカンスケ様」
「ああ、満足だ」
寛介は真面目な顔で考え込む。
「どうかしましたか?」
「いや、なんとか米を持って行けないか考えていたんだ、外でも米が食べたい」
そう話してると、横から声がかかる、エイミーだ。
「できますよ! 持ち運び用のおにぎりとかでいいですよね?」
それを聞いた寛介のテンションが上がる。
「おお! なら早速お願いします」
二人分のおにぎりを受け取り、寛介たちは受付を離れた。