32 自治協会
「――ということで俺たちは帝国までやってきたんだ」
「そうか」
話を聞き終わるやいなや、フリードは立ち上がりその場から去ろうとした。それを見たマリアがフリードを咎める。
「こらフリッツ、せっかく話してくれたってのになんだいその態度は」
フリードが真顔のままで口を開いた。
「全てを信じたわけじゃないが、無視できない情報だ。俺の方でやれるだけのことはやってみよう」
「フリードさん、ありがとう」
「君はこれからどうするんだ?」
「うーん……、何も考えてなかった、こんなに早く目的が達成できるとは思わなかったし」
フリードは、ふむ、と口元に手をやりながら考え込んだ。その後、名案を思いついたかのように話し始める。
「なら少し手伝ってほしいことがあるんだが」
「? まぁ俺にできることなら……」
フリードに連れてこられたのは、城下町の中にある大きな建物だった。冒険者や旅人風の者たちが出入りしているようだ。
「大きい建物ですね、カンスケ様」
「本当だな。フリードさん、ここは?」
「ああ、ここは国民自治協会――冒険者たちからはギルドと呼ばれている」
ギルドは帝国成立当初からある組織で、依頼を冒険者や帝国軍に割り振る仲介業務や素材や道具の仲卸業務などを行う組織である。
「もしよかったらなんだが、ギルドで挙がってる依頼の解決を手伝ってほしい。最近冒険者の数が減ってるのに対して依頼の数が増えていてね」
「いつまでやれるかはわからないけど、それでもいいなら手伝いますよ、ノノもいいよな?」
「はい、カンスケ様がそうおっしゃるなら」
「ありがとう、これを――」
フリードは懐から書状を取り出し、寛介に手渡した。
「これは?」
「それをギルドの受付に見せれば問題なくギルド内で活動できるはずだ、それではよろしく頼んだよ」
フリードはそう言うと、城の方へと去っていった。寛介とノノはその場で立っていても仕方ないとギルドの建物内へ入ることにした。
建物内は外から見るよりも更に広く、端の方にカウンターがいくつかあり受付が立っている。中央部分はコミュニティスペースになっているようで、冒険者であろう人物たちが談笑している。飲食もできるようで食事をとっている者もいた。キョロキョロと辺りを見ていると、入口付近のカウンターに立っていた女性から声がかかる。
「あら? 見ない顔ね、ようこそ国民自治協会へ、今日はどのようなご用件ですか?」
協会の制服だろうか、受付カウンターに立つ人は同じデザインの洋服を着ている。声をかけてきた女性は制服のシャツのボタンが開いており谷間があらわになっている。男の性か、寛介の視線はついその谷間に向いてしまう。
「カンスケ様やっぱり……」
ノノにそう声をかけられて我に返った寛介であったが、受付の女性は苦笑いを浮かべていた。
「これを渡せばいいって言われたんだけど」
寛介は、フリードから預かった書状を女性に渡す。女性がそれを読むと、目を丸くして信じられないといった様子で寛介を見る。
「フリード様からの推薦!?」
女性のその言葉を聞き、その場が静まり返る。その後、いたるところで冒険者がざわざわと騒ぎ始め、二人は奇異の目に晒された。ところが、女性が冒険者たちの方をじっと睨むと、冒険者たちは気まずそうにおとなしくなっていった。
「ごめんなさい、悪気はないの。フリード様の紹介なら特に問題はありません、これをお渡ししますね」
女性は寛介に石が嵌め込まれたカードを手渡した。
「これは……」
「これは協会員カードです、魔具は使ったことある?」
「はい、一応」
「なら安心ね、初回はカードを紐付けしないといけません。やり方は魔具を使うときみたいに魔力を通すだけだから特に難しくないと思います」
言われるがままに寛介はカードに魔力を通す。嵌め込まれた石が光り、無色透明の水晶に変化した。
「石に変化があればオッケーです、うん、それで大丈夫」
「この石は人によって違うんですか?」
「ええ、色や透明度が変わるわ。原色に近いほど強くて、透明度の高さは伸び代の高さって言われていますね。まぁ言われているだけって人もいますし実際のところはよくわかっていません」
女性は苦笑いしながらそう答えると、ギルド内の案内をし始める。
「ここは総合受付です、何か困りごとがあったらここに来てくださいね、私、マーガレットがお手伝いいたします。そしてここから反時計回りに、依頼、取引、飲食と受付が並んでいます。利用にはお渡しした協会員カードが必須になりますので無くさないように気をつけてくださいね。今回はフリード様の推薦ということで試験免除、手数料無料でしたが、再発行は効きませんので次は試験を受けていただき手数料を支払っていただくことになりますから。とまぁ早口で説明になりましたけど、ご不明な点とかはございますか?」
「大丈夫です、ありがとうございますマーガレットさん」
「冒険者の皆さんからはメグって呼ばれてますので、カンスケさんもそうお呼びください」
マーガレットはそう言ってニコっと笑うと、他の冒険者の対応をし始めた。寛介とノノの二人は総合受付を離れ、とりあえず依頼を見ることにした。
「お世話になります~、あら~? 初めましてですね~」
依頼の受付に立っていたのはのんびりとした印象を受ける女性であった。他の受付を見てみても、どうやら受付には女性が立つことになっているようだ。
「依頼受付担当のジョゼフィーンです~、長いのでフィって呼んでくださいね~、本日は依頼の発注ですか?受注ですか?」
「どうも俺は神矢寛介、こっちは連れのノノです、依頼を見せてもらえますか?」
寛介は軽く自己紹介をし、カードを手渡した。
「ありがとうございます~、それではカードをお預かりします~」
ジョゼフィーンは寛介からカードを受け取ると、ノートのような冊子の表紙にセットした。ジョゼフィーンはそれを寛介に手渡す。
「それでは~、この依頼帳の中の文字が光ってる依頼がカンスケさんに受注していただけるものになります~」
依頼帳に載っている依頼は多岐にわたっていた。採集依頼から討伐、警護などの種類から、SからEまでのランクにも分かれているようだ。ジョゼフィーンによると、依頼の達成により実績がたまっていき、それにより上位ランクの依頼の受注が可能になるそうである。通常はEランクからのスタートであるが、寛介はフリードの推薦ということでDランクからのスタートになっていた。
「依頼によっては期限がありますので~、気をつけてくださいね~、今日は早速受注されますか?」
「じゃあこの南門街道の魔獣討伐を受注します」
依頼帳には以下のように記載されていた。
依頼:南門街道の魔獣討伐
種類:討伐
難易度:D
依頼者:国民自治協会
報酬:コボルド十体につき銀貨三枚
備考:南門の街道を進んだところの森のなかにコボルドが住み着いているようです。その為、森での一般の狩人の活動が制限されており、討伐を依頼します。討伐の証明としてコボルドの右耳を切り取り、納品していただくようお願いします。
「ありがとうございます~、協会からの依頼は報酬が低めですがかまわないですか~?」
情報提供などにより、必要だと判断した場合、国民自治協会の予算で依頼を発注することもあるそうだ。予算には限りがあるので、できるだけ費用を抑えるために基本的に報酬が少なくなるらしい。
「わかりました、大丈夫です」
「はい~、それではよろしくお願いします~」