30 報告
山を越え帝国へたどり着いた二人は、門番に入国料を請求されていた。
「冒険者か、奴隷を持ってるなんて中々の稼ぎなんだな、入国料は銀貨五枚だ」
奴隷という単語に眉がピクリと動いた寛介であったが、ノノに袖を引っ張られると不満そうな表情で何も言わずに銀貨五枚を門番に渡した。
「……四、五枚、確かに。これが入国証だ、期間は三十日、それ以降は再度入国料を支払ってもらう。紛失時も同様に再支払いになるから気をつけろよ」
「どうも」
門の中に入るとまず目に入ってきたのは町の中央にそびえ立つ大きな城であった。
「大きいですね……」
「ああ、とりあえずあの城を目指して歩こう」
目的地を城に定めた二人が歩いていると、目の前で老婆にぶつかる若い冒険者がいた。ぶつかられた勢いで転んでしまい、抱えていた食料品などをその場に撒き散らしてしまう。
「ちっ、気をつけろよババア」
「大丈夫ですか? おばあさん!」
それを見たノノが走り寄っていく。寛介も散らばった荷物を集めながら老婆の下へ近寄っていった。
「悪いねぇお嬢ちゃん、ありがとねぇ」
寛介が拾い集めた荷物を老婆に渡した。
「お兄ちゃんもわざわざありがとねぇ」
「お怪我はありませんか?」
ノノが老婆を心配して聞いていると、ぶつかった冒険者が騒ぎ始める。
「ババア! お前の持ってた果物で俺の服が汚れたじゃねぇか! どうしてくれんだ!」
明らかな言いがかりである、相手が老婆だと思って若い冒険者は強気に出ている。
「ちょっと! ぶつかったのはあなたじゃないですか! うちはちゃんと見てました!」
ノノが食って掛かるが冒険者は更に語気を強めてノノに詰め寄った。
「ああ!? うるせぇぞ獣人の分際で人間様に意見してんじゃねぇ!」
「獣人とか人間とか関係ありません! おばあさんに謝ってください!」
「なんだと、このアマ~!」
カッとなった冒険者はノノに手をあげようとした、寛介はそれを見逃さず腕を掴んでそれを静止した。
「それ以上やるなら、俺が相手になるけど。それにそんな汚れぐらい洗えば取れるでしょ?」
「カッコつけてんじゃねえぞクソガキが!」
振り上げた拳を下ろすことができなかった冒険者はさらに逆上し、寛介に殴り掛かる。寛介は殴りかかってきた冒険者の腕を掴み四方投げで投げ飛ばした。
「ガハッ!」
背中から落ちた勢いで冒険者は悶絶する。
「まだやるの?」
よろよろと起き上がった冒険者は、装備していた剣を抜いた。
「てめぇ……、ふざけやがって、殺してやる」
興奮した男が剣で斬りかかろうとすると、辺りに笛の音が鳴り響いた。
「貴様ら! 何をやってるんだ!」
兵士が五人ほど走ってくる、通報があって駆けつけたようだ。現れた兵士は冒険者を拘束した。
「おい、そっちの男もだ」
責任者らしき兵士が指示すると、寛介も拘束された。
「え、いや俺は――」
「うるさい黙れ!」
「連れて行け」
「カンスケ様!? あの兵士さん、カンスケ様は何も悪くないんです」
ノノが兵士にすがりつくが、聞き入れられることはなかった。あっという間に拘束された寛介と冒険者は城の方へと連行されていった。
場内の取調室で、兵士と寛介が向かい合って座っていた。
「だから、おばあさんに絡んでるやつに因縁つけられただけだって」
「話し合ってるところにお前とお前の連れた獣人が絡んできた挙句、投げ飛ばされたって向こうは言ってるが……」
「はあ? よくもまぁそんな大嘘をペラペラと。信じるあんたらもどうかしてるよ」
思わぬ相手の言い分に腹を立てた寛介が憎まれ口を叩くと、兵士の顔が真っ赤になり声が大きくなっていく。
「貴様! そもそも貴様は今日入国してきたばかりの冒険者らしいな、入国早々に問題を起こしてなんのつもりだ!」
「日にちは関係ないだろ!」
寛介と兵士は睨み合いながら水掛け論を繰り返す。出入り口を塞ぐように立っている兵士も呆れた様子で頭を抑えながらその様子を見ている。
すると突然、扉を強くノックする音が聞こえた。
「解放しろと上からの命令だ」
「なんだと!?」
「少将直々の命令だ」
「くっ、もういい。行け!」
兵士の言い方に腹が立ちつつも、出られるということならこれ以上争う必要もない。寛介は何も言わずに席を立った。取調室から出ると、ノノと見知らぬ男が待っていた。男は動きやすさを重視した機能性に富んだ鎧を着ており、見るからに風格のある屈強な姿をしていた。
「カンスケ様!」
寛介を見るなりノノは勢い良く抱きつく。ノノのささやかながら柔らかい部分を腹部に感じて寛介の頬に赤みがさした。
「あの、ノノ、ちょっと離れてくれるか?」
「え?」
「その、当たってるから……」
ノノはカッと赤くなり、すみません、ごめんなさいと言いながら寛介から離れた。
「えっと、あなたは?」
話を逸らすように寛介はノノの隣に立っていた男に声をかけた。
「ああ、私はフリードという者だ。帝国軍では少将を任ぜられている。この度はすまなかったな冒険者殿」
フリードと名乗った男は馴れ馴れしく寛介の肩をバンバンと叩いた、寛介は地味な痛みに顔を歪めている。その様子を面白そうに見ながらフリードは更に続ける。
「ところであの若い冒険者は最近名を挙げてきている者でな、帝国軍にスカウトしようと言う声もあったんだが、君はどうやら彼を徒手で制圧したらしいじゃないか」
「だいぶ我を忘れてたみたいだったから、たまたまですよ」
「いやいや、それも含めて興味深い、どうだい? 帝国に士官してみないか、実力さえあれば出身や経歴は問わない」
フリードの目の奥がギラリと光っている。寛介は苦笑いをしながら首を振った。
「助けてもらっておいて心苦しいんですが、遠慮します。それよりもフリードさん、少将ってことは帝国では結構偉い人ですよね?」
その何気ない一言に、周りの兵士がいきり立つ。
「こいつフリード様になんて失礼な!」
更にかなりの早口でまくし立てる。
「いいか!? フリード様は帝国軍で気鋭の名将、将来は大将いや元帥とまで言われているお方だ、そのような方のお誘いを断るだけでなく、偉い人だと!? そもそもお前みたいなやつが口を利ける方じゃないんだぞ!」
勢いに押されながら、寛介は続けた。
「と、とにかくフリードさん、俺は大事なことを帝国の人に伝えに来たんです」
「大事なこと?」
「バルスタ王国の勇者が帝国へ攻めてくるかもしれません」
寛介がそう口を開くと、その場が静まり返った。