29 お人好し
『単純な話だ、俺とは逆のことを美子には伝えたんだろう。そして美子には強大な加護が宿った、だからその力を利用するために俺が死んだことにした』
もし自分に強大な加護が宿っていたら美子が殺されていたかもしれない、そんなことを考えた寛介の心には恐ろしさと腹立たしさが入り混じっていた。
『なるほど、確かにそう考えれば筋は通る』
マクスウェルが静かに呟く。
『妹御の件はこちらで調べてみよう、場内の何処かに軟禁されているはずだからね』
『ああ、頼む。とりあえず俺は帝国へ急いで向かう』
寛介の宣言にマクスウェルは疑問を持つ。
『え? 君が帝国へ行く必要はもうないんじゃないか?』
『いや、例えば俺がすごい加護を手に入れていて、美子が死んだって聞かされたら賢者に唆されるがままになって帝国に復讐することを考えると思う。美子は優しいから、そうならないかもしれないけど念のために伝えときたいと思うんだ。もしそうなったときに少しでも被害者が少なくなるように。それに今、妹のことはマックスに任せるしかないだろ』
『君は……強くなったんだな、妹御のことは任せてくれ』
『ああ、よろしく』
念話が切れた後、寛介はカナエとノノに念話の内容を説明する。
「もちろんうちはどこでもついていきます!」
「ありがとうノノ」
するとおもむろにカナエが立ち上がる。
「オルトロス、行くぞ」
「ガウ」
「え? カナエさんは一緒に行かないんですか?」
ノノがそう口にすると、カナエはノノたちの方を振り返らず手をひらひらと振りながら口を開いた。
「手伝ってやりたいが、私にはやることがある。なに星の導きがあればまた会うこともあるさ」
「ああ、きっと。そんな気がするよ、またねカナエさん」
寛介がそういうと、カナエはふっと笑い、そのまま去っていった。
カナエがその場から消えると、しばらくのあいだ静寂と違和感が支配する。夜も開けてきたようだ、朝日が登っていくのを見ながら、寛介はノノに話しかけた。
「じゃあ行くか、ノノ」
「はい!」
朝日が照らす道を、二人は帝国へ向けて歩き始めた。
しばらくして山の麓に到着した二人は少し休息を取ることにした。
「ふう、この山を登ればソロンはすぐだってカンダさんが言ってたな」
「思ってたよりも高く無さそうですし、今日中には到着できそうですね!」
食事の準備をしながらノノが口を開いた、何だか楽しそうな様子である。
「悪いなノノ、全部任せきりで何か手伝おうか?」
その何気ない一言が何かのスイッチを入れてしまったようで、ノノの目がキッと鋭くなる。
「ありがとうございます、ですがカンスケ様は座って待っててください」
「お、おう」
不思議な迫力に負けた寛介はそれ以降、黙って座っていることにした。
「ごちそうさま」
「ふふ、お粗末さまでした。お口に合いましたか?」
「ああ、とてもうまかったよ」
そのような会話を交わしながら、二人は少しの食休みを挟んで出発することにした。
「ノノ、山を登るには荷物が重いだろ、持とうか?」
「このくらい大丈夫です、でもありがとうございますカンスケ様」
「そ、そうか? 無理するなよ?」
寛介の態度に、ノノが頬をふくらませる。
「なんだかカンスケ様、変な感じです。まだあのことを気にされてるんですか?」
図星を突かれた寛介は、何も言えなかった。急場とはいえ酷いことを言ってしまったことを引きずり、不自然な態度を取ってしまっていたのだった。
「うちはカンスケ様になら何を言われても気にしませんし、む、むしろ虐められても嬉しいですし……」
後半部分は小声になっていたため寛介には届かなかった。
「ん? ごめん、もう一度言ってくれ」
「な、なんでもないです。ともかく、うちはカンスケ様に前みたいに自然に接してもらいたいんです!」
「……ごめんな。気をつけるよ」
ノノはもじもじしながら顔を赤らめて口を開いた。
「で、でも? どうしてもカンスケ様の気持ちの整理が付かないんであれば、お詫びに毎日頭を撫でてくれれば、それでいいです」
可愛らしいその様子に、寛介は微笑み、ノノの頭を撫でながら言った。
「はは、毎日は流石に恥ずかしいな、たまにで許してくれ」
「ひゃ、ひゃい、それでもいいです……」
ノノはとても幸せそうな笑顔を浮かべていた。
「よし、じゃあ行くとしようか」
「はい!」
二人は山を登り始める。二人のあいだにあった違和感は既に消え失せていた。