28 陰謀
――可愛らしい少女が大きい目を見開いて目覚める。
「んっ!? 寛にぃ!」
「お目覚めですか」
寝ている少女の横に修道服姿の男が立っていた。
「!? だ、誰ですか?」
ガバッと起き上がった少女は警戒の色を露わに目の前にいる男を見ている。
「そう警戒しないでください、私はガウス、このバルスタで宰相を務めております」
「ガウス……さん? バルスタ? それよりも、私の兄はどこですか?」
ガウスは口元に手をやり、少し考える。
「お兄様ですか……、残念ですが召喚されたのは貴女だけです」
「そんな! あの時確かに寛に――兄も横にいたはずなんです!」
「そうは言われましても……、困りましたね……」
ガウスが手で合図をする、少女にはそれが見えていない。扉が開き、兵士が現れる。
「賢者ガウス様、申し上げます! ソロンにて勇者召喚の儀が行われた模様!」
ガウスがわかりやすく納得した顔を見せる。
「なるほど、勇者候補殿、貴女のお兄様はおそらく帝国側に召喚されたのでしょう」
「帝国……?」
少女は何が何だか分からないという顔でガウスを見ている。
「はい、全てをお話しますので、まず聞いて頂けますか?」
少女は首肯する。
「ありがとうございます、では――」
ガウスがこの世界に関する基礎知識、少女が魔族と戦うために異世界から召喚されたことなどを少女に伝える。
「そこで、勇者候補殿には加護の儀式を受けていただきます」
「そんな、私そんなの無理です、怖い……」
「そうですか、しかしこのままではお兄様が……」
「!? どういう……意味ですか?」
少女が動揺する、その様子をガウスは見逃さなかった。
「帝国は目的を達するためには手段を選びません。つまり帝国の勇者候補として召喚されたお兄様はどうなるか、考えただけでも怖ろしい」
少女は手で口をふさいで嘆く。
「そんな……」
ガウスが少女の耳元でつぶやく。
「お兄様を救えるのは貴女しかいませんよ、どうでしょう、私と一緒にお兄様を帝国から助け出しませんか」
不自然な提案ではあるが、混乱している少女は疑うこともなく提案に乗ってしまう。
「あ、ありがとうございます、よろしくお願いします」
「それではまず加護の儀式を終わらせてしまいましょう」
「勇者様、加護が確定しました、[月の勇者]です。非常に素晴らしい加護ですよ」
少女は差し出された羊皮紙を見る。
[月の勇者]
月の名のもとに魔を打ち払わん力を与える。
成長補正:体力S+ 筋力S+ 敏捷S+ 精神力S+ 運S+
適職診断:勇者
特殊スキル:月光 対魔 対悪
「これで兄を助けられる……?」
「いえ、暫くは鍛錬をしていただきます、高位の加護を持っていたとしても鍛錬不足では宝の持ち腐れです。――案内せよ」
ガウスが兵士に声をかけると、兵士が少女に声をかける。
「勇者様、こちらです」
「は、はい」
少女は兵士に連れられて部屋を出ていく、そのときガウスの顔に薄気味悪い笑みが浮かんでいたのは知る由もなかった。
ガウスが側近らしきものに話しかける。
「無能の方は明日始末する、それで完成だ」
「上手くいくでしょうか、星には通用しませんでしたが……」
ガウスが鋭い目で側近を睨みつける、側近は腰を抜かし座り込んでしまった。
「悔しいが相手が悪かったとしか言いようがない、だが今回は条件が違う、召喚されたばかりの不安定な時期に大事な人物が死ねば……、抗いようがないだろう」
「国王陛下への説明はどうしますか」
ガウスがニヤリと笑いながら口を開いた。
「必要ない。魂を贄に使った、二度と目覚めることはない」
「な、どういうことですか!? ご説明を、賢者様!」
側近が剣に手をかける。
「そうか、君はこっち側じゃなかったな」
「何を――」
剣を抜く間もなく、側近の胸をガウスの手が貫く。貫いた手には心臓が握られていた。大きな口を開け、ガウスはそれを丸呑みする。
「ふむ、やはり一般兵は味が薄いな」
扉が開き、兵士がガウスに声をかける。倒れている側近には見向きもしない。
「賢者様、第二王子が動いたようです、地下牢から餌が消えています」
「あの鼠、どこから嗅ぎつけた。[無能]は絶対に逃がすな、生死は問わない。あの薄汚い鼠が、星のときのように邪魔はさせん……!」
「はっ!」
兵士が慌ただしく部屋から出ていった、ガウスは苦虫を噛み潰したような顔で立ち尽くすのだった。
「賢者様、申し訳ありません! 対象を逃しました……」
「な! ならば捕まえるまで戻ってくるな! なぜノコノコと」
「私が命じたのです、賢者殿」
「マクスウェル、様……、なぜです、王殺しをみすみす逃がすのですか? 大問題ですよ」
マクスウェルは微笑みながら口を開いた。
「犯人が一人とは限らない、むしろこれだけの警備を突破し父上を殺害できた人物が一人とは思えません。ならばまずは城の中をくまなく探すべきでしょう?」
ガウスはギリッと奥歯を噛み締め、首肯した。
「そうですね、マクスウェル様のおっしゃる通りまずは城の中を捜索しましょう……」
「はっ!」
マクスウェルは微笑みを崩さずに口を開く。
「それではよろしくお願いします、賢者殿」
「おまかせ、ください」
ガウスの私室には兵士が数名、膝をついて報告をしていた。
「賢者様、勇者様の鍛錬がそろそろ完成いたします」
「まだエサは捕まらないのか……」
「申し訳ありません、もう既にメソを西へ出発しているようで、魔獣も多く一般兵だけでは追いつくのが難しく……」
「言い訳は良い! あいつを呼べ」
「は、はっ!」
兵士は急いで扉から出ていく、しばらくした後、扉がノックされる。
「入れ」
「執行者バーサク、参上いたしました。この度はどのようなご用件でしょうか」
「逃げ出したエサについては知っているな?」
「はい、存じております。その捕縛でございますか?」
「いや」
ガウスの顔がニヤリと歪む。
「殺せ、帝国の仕業に見せかけられればなお良い」
「かしこまりました」
バーサクが部屋から出ていく、ガウスが兵士の一人に声をかけた。
「これでやつも死んだ。明日、月の勇者に伝えて最後の詰めに入る」
少女が腰を抜かすように崩れ落ちた。
「そんな……」
「帝国近くので死体が発見されたようです、逃げ出そうとして殺されてしまったのでしょう……」
「嘘……そんなの嘘だ……」
「勇者様、残念ですが……」
少女の目が暗くなる。ガウスが少女の背中に手を置き、耳元でつぶやいた。ガウスの手に光が集る。
「勇者様、お兄様のために、仇を討ちましょう」
「仇……」
「はい、お兄様を利用しようとした挙句、殺害した卑劣な帝国を打ち倒さなければお兄様も浮かばれません」
光がさらに強くなる、それと同時に少女が目を見開いた。
「そう……ですね……。せめて寛にぃを殺した人たちを全員殺さないと……」
ガウスが醜い顔でニヤリと笑う。
「ええ、私もお手伝いいたします、勇者様」
「なら行きましょうガウスさん」
少女が部屋から出ようとするのをガウスが止める。
「お待ち下さい、今準備を整えますので、今暫くお部屋でお休みください」
「なんで? 寛にぃの仇を早く討たないといけないのに――ぐぅっ! あぁ!」
少女の背中が光る。
「頭が……ああっ!」
その場に倒れ込んだ、ガウスが冷たい目をしている。
「馴染むまでに時間がかかりそうだな、だがまぁ今はよしとしよう」
ガウスが兵士に合図をする、兵士は少女を抱えベッドへ運ぶ。
「ゆっくりお休みください、我らが勇者様」
悪い笑みを浮かべながら、ガウスは部屋を後にしたのだった。