27 真意
しばらくカナエの胸に抱きしめられていた寛介だったが正気に戻ったのか、気恥ずかしそうに咳払いをして彼女から離れた。
そして傍で自分を見つめる少女に声をかけた。
「ノノ……」
ノノの体がビクッと震える。シュンとして耳がパタンと倒れている。
「ごめんなさ――」
言い切る前に寛介がノノを抱きしめた。
「謝らないといけないのは、俺の方だ」
「え? え?」
きっと責められるに違いないと思っていた予想が外れたノノは困惑してしまう。
「弱くてごめん、守れなくてごめんな……」
寛介はそう呟くと、ノノを強く抱きしめた。思いも寄らない事態に、ノノは更に困惑してしまう。
「ふぇっ!? カ、カンスケ様――」
口を開こうとしたノノであったが、
「無事で、本当に良かった」
と震える腕で自分を抱きしめる寛介に気付いてその口を閉じ、替わりに腕を回して抱きしめ返す。
二人はそのまま、
「そろそろ、話してもいいか?」
とバツが悪そうな顔のカナエから声をかけられるまで抱きしめあっていた。
「よく持ちこたえたな、見違えたよ」
カナエの称賛を素直に受け取るわけにはいかないと寛介は首を横に振る。
「運が良かっただけだよ、現にカナエさんとノノが来てくれなかったら……」
痛みと恐怖を思い出して寛介は体を震わせる。
「それも実力の内だよ。それに、運だけじゃない。やつの腕を斬り落としたのはお前だろう? 」
「いやあれは――」
確かに気が付くとバーサクの腕が斬り落とされていた。しかし寛介はただ必死に剣を振っただけで、何が起こったのかも覚えていない。
カナエは剣へ視線を向け、
「そうか」
と一言呟き、興味深そうにそれを観察していた。
その後満足したのか視線を寛介に戻すと、カナエは驚くべきことを口にする。
「お前を見送った後、ソロンへ行ってきてね、少し話したいことがある」
「……なんでカナエさんが?」
「野暮用でね。ついでといっちゃなんだけど、妹……美子だったかについて調べてみた」
その言葉を聞いた寛介の表情が引き締まり、ゴクリと寛介の喉が鳴る。妹の安否がわかるかもしれない、寛介は押し黙ってカナエの言葉を待つ。
「結論から言うと、帝国は勇者召喚を行っていない」
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れた。寛介は信じられないといった顔をしている。カナエは構わずに話を続けた。
「信頼できる筋からの情報だ、間違いない」
「そんな馬鹿な! なら美子は、妹はどこに行ったっていうんだ!」
寛介はカナエに掴みかかる、ノノが寛介を止めに入った。
「カンスケ様、落ち着いてください」
「落ち着いてられるか!」
ノノに苛立ちをぶつけるように寛介は彼女の手を振り払う。
「きゃっ!」
振り払われ、体制を崩したノノは地面に転がってしまう。
「っ、ごめん――」
「う、うちは大丈夫です」
ノノは心配をかけまいとすぐに立ち上がり、砂埃をはらう。その膝には擦り傷がついていた。
(くそ、俺は何をやってるんだ)
恥じ入っている寛介の手を握り、ノノは心配そうな顔で口を開く。
「焦る気持ちはわかります、でも今はカナエさんの話を聞きましょう?」
「……ああ、そうだな。カナエさん、続きをお願いします」
そう言われたカナエは、わかった、と続きを話し始める。
「そもそも、寛介あんたはどうして帝国に妹がいると思ったんだ?」
「城で兵士が、同時に帝国で召喚が行われたと――」
ハッとして寛介は目を見開いて叫ぶ。
「……くそっ!」
「大方、宿った加護が期待通り強力だったときに、お前を帝国の攻撃に使うための演技だろう」
妹を救うためです、なんていって上手く口車に乗せるつもりだったんだろうな、とカナエは付け加える。
「ガウスのやつに言われたことを鵜呑みにしてた俺が馬鹿だった、クソがっ」
そう毒づくいて寛介は髪の毛をかきむしる。
「まさか召喚陣を一年に一回しか起動できないってのも嘘なのか?」
牢屋に入れられているときに、兵士が確かに言っていた。
「ああ、それは嘘じゃない。賢者が召喚陣を発動できるのは一年に一回だ。しかし、召喚陣で召喚できるのは一人だけではない」
「見事に踊らされたってことか」
「二人以上召喚しようとしたときに必要な魔力は膨大だ、それこそ普通なら発動すらできない。私でも騙されていただろうな、だからあまり気にするな。そして問題はガウスの目的だが――」
その時寛介の頭に声が響いた。
『カンスケ! マックスだ、聞こえてるか? 無事か?』
「!?」
「どうした?」
突然様子が変わった寛介へカナエが心配そうに声をかける。
「俺を助けてくれたバルスタの第二王子マクスウェルから念話だ、カナエさん」
「バルスタで動きがあったのかもしれない、私の話は後回しで良い」
寛介はマクスウェルに応答する。
『聞こえてる。今はピンピンしてるぞ』
『ああ、よかった。“今は”ってことは何かあったのか?』
寛介は執行者のバーサクに襲われたこと、カナエのお陰でなんとか撃退できたこと、美子が帝国ではなく王国で召喚された可能性があることをマクスウェルに伝える。
『まさかそんなことが……、本当に無事でよかった。妹御のことだが気付くことができず、すまない。急いで調べてみよう』
『そういえば何か動きがあったんじゃないのか?』
『ああ、そうだった。先程、父上の死因が老衰だと国内で訂正された』
『は? どういうことだ』
『それに加えて、帝国近くで帝国の勇者であるカミヤ・カンスケの死亡が確認されたいうことになってる』
『……』
慎重に調べられたであろう王の死因が訂正されるなどありえない。
さらに王殺しの被疑者だったはずの自分を帝国の勇者として扱う必要性、寛介の中でバラバラであった点が線で繋がっていく。寛介は顔に怒りをにじませた。