24 襲撃者
夜、寛介が番をしていると、草が擦れる音が響いた。その不自然な音は決して風の影響ではないように思える。
「なんだ?」
ノノを庇うようにして、音の出処を注視しながら身構えた。特に変わった様子はない。寛介が警戒を解く。
「気のせいか――」
背後から寛介に何者かが襲いかかった、気を緩めた寛介は攻撃をまともに喰らってしまう――
「ガハッ!?」
はずだった。しかし苦痛の声をあげたのは寛介ではなく襲い掛かってきた男だった。襲いかかった男は寛介のカウンターの後ろ回し蹴りをまともに食らってしまい、男はその場に崩れ落ちた。
寛介は男を無理やり立たせ、首元にダガーを当て問いかける。
「誰だお前、一体何が目的だ?」
男は口を開かず、下卑た笑みを浮かべながら懐から魔具を取り出して魔力を込める。身の危険を感じた寛介は、
「くそっ、ノノ離れろっ!」
と言うと男を突き飛ばして、素早く距離を取る。次の瞬間、男の体が弾けたかと思うと、男の所持品が礫となって寛介たちへ襲いかかる。すんでのところで大木に身を隠すことができた寛介たちはなんとか無傷であった。
「なんて威力だ、あれも魔具なのか……?」
寛介がため息を付いているところに声がかけられる。
「カミヤカンスケ」
声の方向へ視線を向けると、その声の主であろう黒ずくめの男が立っていた。背後には同じような服装の集団が十数人武器を構え、寛介を睨みつけている。
「なるほど賢者の差し金か」
この世界で寛介の名字を知っているものは少ない、そして更に先程の自爆攻撃のような悪意を持った者であれば答えはほぼ絞られたも同然だった。
男がニヤリと笑う。
「ご名答、バルスタ王国執行者バーサクという者だ」
「そんなに簡単に答えていいのか?」
「いや、問題ないさ。君はここで死ぬんだから。さぁ、仕事に取りかかれ、お前ら」
バーサクは背後の部下へ命令を下す。しかし部下が動く気配はない。
「何をやってる? 早くしろ――」
バーサクが部下の方へ向き直ると、立っている者は一人だけであった。しかもそれは自分の部下ではなく――
「思ったよりも大したことないですね。これならコボルドのほうがまだ強かったですよ」
立っていたのは双剣を持ったノノだった。
ここまでは優勢、しかし寛介は全く気を抜いていない。それは寛介の勘が、目の前の男がかなりの格上で、まともにやりあえばおそらく勝てないだろうと警鐘を鳴らしているからだ。
「ふはは」
バーサクが急に笑い始めた。
「わかった、わかったよ。もうどうなっても知らねぇぞガキ」
突然膨れ上がった禍々しい雰囲気に、寛介とノノの背筋が凍る。
(なんだ、こいつは……)
バーサクの目が赤黒く染まっていく。
「バーサクってのは俺の加護の名前だ。狂化のおかげで俺はムカつけばムカつくほど強くなる」
初めて魔獣と向き合ったときとは比べ物にならないほどの命の危険がびしびしと伝わってくる。
今すぐに逃げ出したい気持ちを抑え、寛介は大声で叫ぶ。
「ノノ! こいつはヤバイ、逃げろ!」
そして漆黒の剣を抜いて、ダガーとの二刀流でバーサクに斬りかかる。しかし、素早い動きで躱され、刃がバーサクに届くことはなかった。
「強くなるのはいいんだけどよ、キレちまうと、何がなんだかわからなくなって周りのモン全部ぶっ壊しちまうんだ」
「ノノ! はやく! 早く逃げろ!」
「い、嫌です、カンスケ様を置いてだなんて!」
バーサクが蹴りを繰り出す。単純な蹴りであるにも関わらず、ガードした寛介を数メートル後退させる。寛介の手は痺れている、左手が折れてしまったようだ。
「カンスケ様!」
「ピーピーうるせぇな、お前から殺ってやろうか」
バーサクはノノを睨みつける、ノノはひっと息を呑む。明確な殺意、それを実行できると確信させるほどの実力差をノノは感じた。しかし、おそるおそるノノは双剣を構える。
「か、カンスケ様は手を出させません!」
足が震えている、それは明らかに強がりであった。
「へぇ、だから? ビビってるじゃねぇか、死ねよ」
大きな手がノノに届く寸前、バーサクの肩にナイフが刺さる。それは寛介が投げたルーンナイフだった。
バーサクの額にピキピキと青筋が立っていく。
「あー、もうウゼェ、ウゼェウゼェウゼェええ!!」
「お前の相手は俺だろ、それとも怖いのか?」
寛介は少しでもノノから目が離れるように必死で煽る。
「わかった、わかったよ、お前から殺してやる、そこの亜人は後回しだ」
バーサクが寛介に向かってくる、寛介は攻撃をなんとか右腕の剣一本でいなす。
「ノノっ、ノノっ逃げてくれ、頼むから」
「い、嫌です、カンスケ様と戦います!」
バーサクの蹴りが寛介の腹に命中する。寛介がノノの目の前に転がってきた。
「カンスケ様っ!」
「雑魚がイキがりやがって、これで終いだ!」
近づいてきたバーサクに寛介が起き上がり斬りかかっていく。右腕一本の攻撃はバーサクに届くことはなかった。
「必死だなぁ出来損ない野郎、だがお前はここで惨めに死ぬんだよ、妹にも会えず、そこの亜人も守れずになぁ!」
その言葉に寛介はハッと目を見開き、感情を昂ぶらせ叫ぶ。
「黙れ!」
そして全力で剣を振り抜いた。バーサクは直線的なその攻撃を避けようとするが、突然剣の軌道が変化し腕を切り落とした。寛介が手に持った剣はもやがかかったように見える。
「ぐぁ、まさか、魔剣!?」
バーサクが警戒し、動きを止めた。今しかないと寛介はノノに声をかけた。
「はぁ、はぁ、ノノ、お前とはここまでだ」
「え? カンスケ様?」
「お前を守りながらだと俺が逃げられない、お前のせいで死にたくないんだ、だから今すぐ消えてくれ」
「そんな、うちは……」
涙目のノノに寛介は追い打ちをかける。
「お前と出会ってから上手くいかないことばっかだ、もう嫌なんだよ、だからこれっきりだ」
ノノは首を振る、寛介は叫んだ。
「お前なんて助けなければよかった!」
「!」
ノノは背を向けて走り出した、寛介はそれを見ながらつぶやく。
「ごめんな、ノノ」
バーサクが口を開いた。
「酷い奴だ、泣いてたぜ。まぁ、俺は優しいから、すぐに同じところに送ってやる」
「言ってろイカレ野郎、あいつが逃げ切るまで時間稼ぎぐらいしてみせるさ」
そう言ってバーサクに斬りかかる、バーサクは学習したのか大きく距離を取るように避ける。
息があがり、寛介の動きが止まる。窮地を救ってくれた剣も、もう今はただの剣に戻ってしまっていた。
「もう満足したか? なら今度は俺の番だなぁ」
バーサクは左拳と蹴りを織り交ぜながら、猛攻を仕掛ける。寛介は魔力操作で感覚を限界まで上げ、必死に回避する。しかし、このままでは魔力が切れて動けなくなる。もはや時間の問題だった。
「今のを避けるか、やるじゃねえか」
「はぁ、はぁ、なめてると、痛い目にあうぞ」
寛介は隙をついて斬りかかる、だが簡単に避けられてしまった。
「あわせてくれよ、痛い目によぉ!」
バーサクはケラケラと笑う。
「良いザマだなぁ?」
そこから小一時間、なんとかバーサクの攻撃を避け続けた寛介であったが終わりは急に訪れた。
「ぐっ……」
寛介が片膝をつく、視界がぼやけ、体に力が入らないようだ。魔力欠乏の症状である。
「限界みたいだなぁ、正直言うと[無能]にここまで手こずるとは思ってなかったぜ、恨むならクソみてぇな加護を与えた女神様を恨むんだな!」
バーサクの拳が寛介の腹にめり込む。衝撃で内臓が破裂した寛介の口から大量の血が溢れる。
「ガハッ……」
寛介はその場に倒れ込んだ。体から力が抜けていき、目の前も真っ白になっていく。死の寸前に思い浮かんだのは二人の少女だった。
(美子、ノノ、ごめんな)
次第に自分の体が冷たくなって行くのを感じる、次第に痛みも感じなくなって――
来年も頑張って更新していきます、アドバイス等いただければ幸いです!
皆さん、良いお年をお過ごしくださいm(__)m