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18 シスコン②

 三人が暫く歩くと、更に見覚えのある顔がそこにいた。カンダの舎弟のトラである。

「兄貴! ……とカンスケはんやないですか」

 露骨に嫌な態度である、寛介にのされてしまったのが原因だろう。すかさずカンダはトラを咎める。

「おうトラ、ワシの客にそないな態度とるんかオドレ。それに回収はどないなっとんねん」

「へ、へいすんまへん、回収も終わっとりま。利子分と元金の二割でしたわ。儲かっとるみたいでんなぁ、あの宿」

「ほうか」

「へい。でもなんで兄貴はそい――」

 カンダから確かに一瞬殺気が漏れた。トラは青い顔になって言い直す。

「か、カンスケはんと一緒におるんですか?」

「トラ、お前もタイマン張って負けたんや、悔しい気持ちはわかるけどな。男なら器の違いぐらいわからなアカン。相手の器ァ、ちゃんと測れるっちゅうのも、金貸しには必要なことや」

「は、はぁ……」

 トラは何のことかわからないといった様子である。構わずカンダは話し続ける。

「さっき中央の方で騒ぎがあったやろ、何があったかわかるか? このカンスケはんはな――」

 そこからのトラは面白いように表情を変えた、町の人間に怒ったかと思うと、ノノの不憫さに涙し、そして今、

「先日の失礼、そしてさっきの無礼、誠に申し訳ありません、カンスケの兄貴! このトラ、心底目ぇ覚めました、かんにんしてください!」

 寛介の目の前で土下座している。寛介は理解が追いつかず返事ができないでいると。

「わ、わかってま。ただで許してもらおうやなんて思ってまへん。小指(エンコ)詰めさしてもらいます」

「え、えんこ?」

「へ、へい。まさか、たりまへんか? そ、そうでんな小指一本で許してもらおうなんて虫が甘かったですわ、男トラ、腕詰めさせてもらいま!」

 カンダが横から止めに入る。

「アホ、やめぇトラ。カンスケはんは堅気やで、半分も意味伝わらんわ。カンスケはん、エンコ言うのは小指のことですわ。詰めるっていうのは切り落とすってことでおま」

 寛介が青い顔になって首を振る。

「そんな、小指なんていらないよ。それに腕なんか切ったらトラさん仕事できないじゃん」

 それを聞いたトラは更に涙しながら蹲る。

「なんて、なんて器のでかいお人なんや、こんなお人にわいは、わいは!」

 地面を叩きながら泣き叫ぶトラに寛介は困ってしまい、カンダに助けを求める。

「カンダさん、どうにかしてよこの人」

 かかかと笑いながらカンダは言う。

「無理でんなぁ、こうなったらワシでも暫くはほっとかんと」

「カンスケ様、あの、この人達は」

 除け者にされていたノノがようやく口を開いた。

「あ、あぁ話せば長くなるんだけど――」

 寛介はカンダとの出会いやその後の話をノノにした。ノノは目を輝かせながら、

「やっぱりカンスケ様はいい人です」

 などと納得したように、一人でうんうんと頷いていた。

「それにしても、カンダさんたちはノノについて何も思わないの?」

 カンダは更に笑いながら言う。

「ワシが信じてるのは種族やおまへん、銭でおま。そんな一文の得にもならへんことしてどないなるんでっか、それに」

 カンダはトラの被っているニット帽を剥ぎ取ると、そこには耳が生えていた。

「その辺の人間よりもこいつのほうが、よっぽど気合入っとるし信用できまっせ」

 ニヤリと笑いながらカンダは言ってのけた。

「それよりも、こないなところでなんでっから、ちょっとそこの宿にでも入りまひょ」

 ノノがわかりやすく不安な顔をするが、そこにトラが優しく声をかける。

「お嬢ちゃん、心配ないで、そこの宿の女将の器ァ、うちの兄貴やカンスケ兄貴と比べても遜色ないぐらいや」

「は、はい……」

「まぁ、行ったらわかるわ。ほな兄貴、話通してきますわ」

「おう、頼んだでトラ」

 トラが一足先に宿に入っていく、寛介たちはしばらくして宿に入った。


「らっしゃい! めずらしいじゃないカンダさん、泊まっていってくれるなんてさ。あれま、何事かと思ったらさっきの兄さんじゃないの、それに――」

 そこにいたのは町の入口で出会ったヘレンであった。ヘレンがノノを見ると、ノノがビクッと震えるが、

「あれまぁお連れさん、こんな可愛い女の子だったのねぇ。フードを被ってるから気づかなかったよ! 色々大変だったみたいだけど、この宿ではゆっくりしていっておくれよ」

 と優しく声をかけられ、ノノの瞳からぽろぽろと涙が溢れる。トラは満足げにうんうんと首を振っている。

「ヘレンさん、カンダさんの知り合いだったんだね」

 ヘレンは恥ずかしそうに言う。

「昔うちの宿を潰そうとあれやこれや因縁つけたりされたときにね、父さんが心労で倒れちまってさ、その治療費やら営業できない間の従業員へのお給金やらで入用になったときに助けてもらったんだ、この町の金貸しは誰も見向きもしなかったんだけどね、カンダさんの噂を聞いてメソに手紙を送ったらわざわざ金を持ってきてくれてさ、本当に頭が上がんないよ」

 カンダが表情を変えずに言う。

「ワシは感謝されるようなことしてまへんで、借りたいもんに貸す、で返してもらう、ただのしがない金貸しですわ」

 寛介がキョトンとしながら、

「カンダさんって、所謂お人好し?」

 などというと、カンダは顔を背けながら、

「あんさんにだけは言われとうない言葉ですわ」

 などと呆れてつぶやくのだった。


「そういえば、カンスケはんはなんでこないなところにおるんでっか?」

 カンダがそう尋ねた。

「ソロン帝国に渡るために明日の船を待ってる途中であんなことになっちゃったんだ」

「船でっか……」

 カンダは何か言いたげに言葉に詰まる。

「カンダさん、どうしたの?」

「いや、カンスケはんが船にのるのは難しいかもしれまへんな」

 寛介が立ち上がって叫ぶ。

「どういうことだよ!?」

 トラが慌てて間に入る。

「カンスケの兄貴、落ち着いてください。兄貴も、それやと伝わりまへんで」

「そうやな、カンスケはんすんまへん、この町で船に乗れんのは人間だけなんですわ」

「!?」

 寛介が驚いて口を開く。

「で、でもノノはソロンの西の山から攫われてきたのに川を越えて来てるじゃないか」

「馬車の中の荷物に隠して、検査は賄賂で逃れたんでっしゃろなぁ、いや、もしかすると検査員も人さらいの一味って可能性もありますわ」

「クソッ、後一歩なのに……」

 寛介が口惜しそうにつぶやくと、ノノが口を開いた。

「カンスケ様だけなら船に乗れるんですか?」

 カンダは首肯する。

「カンスケはんだけなら問題なく乗れますやろな、せやけどお嬢ちゃんはどないするんや」

「うちなら大丈夫です。元々最初の町までって約束でしたし、どうにかしてみます」

 トラが焦りながらノノを諭す。

「せやかてお嬢ちゃん、わいらみたいなんが生きて行くにはこの世界は厳しいんやで、特にお嬢ちゃんはまだ若いし変なんにとって食われるのが見えとるで」

「命を助けてもらって、さっきも守ってもらって、うちはこれ以上カンスケ様に迷惑かけられません!」

 力強い一言にトラはそれ以上何もいえなくなった。

「これまでありがとうございましたカンスケ様、うちは大丈夫ですから、明日ソロンに美子様を迎えに行ってください」

 寛介は驚いた表情で言う。

「ど、どうしてそれを?」

 ノノは申し訳なさそうに目を伏せながら話した。

「すみません、聞いてしまったんです、初めてお会いした日の夜、うちを見ながら呟いていたのを」

「そうか……」

「はい、だから早く迎えに行ってあげてください」

 寛介は目をつぶって考える、暫くして目を開くとカンダに問いかける。

「ふう、カンダさん、船以外でソロンに行く方法は? こんな話をしてくれるってことは、もちろん知ってるんだよね?」

 ノノは目を見開く、トラは涙目で寛介を見つめ、カンダは待ってましたとばかりに答えた。

「はっはっは、カンスケはん、そういうと思うとりましたわ、おうトラ!」

「流石ですわ、カンスケの兄貴! この川北の森を抜けたところにある山登れば向こう側に渡れるんですわ、そっから南下すればソロンに入れます」

 ノノは慌てて制止する。

「待ってください、カンスケ様、ダメです。うちのために遠回りなんてしなくていいんですよ!」

 寛介はノノの頭を撫でながら優しい顔で言う。

「違うんだノノ、お前のためだけじゃない。ノノを見捨てて美子のところに行っても、きっとあいつは喜ばないし、俺のことを怒って嫌いになる。俺は妹に嫌われたくない」

 寛介は恥ずかしげもなくそう言うが、ノノが食い下がる。

「そんなの、黙ってればわかりません、うちのことなんて忘れてどうか――」

 カンダが横からノノを諌める。

「それ以上は野暮でっせお嬢ちゃん、男がカッコつけとるときにそれはアカン。それに嬉しい時は嬉しい言うんがええ女っちゅうもんやで」

「うう、ありがとう、ありがとうございますカンスケ様」

 ノノはまた涙を流し始めた、トラは窓の外を見ている、窓枠は急な雨だろうか、濡れてしまっていた。カンダは寛介に忠告する。

「さっきの冒険者らが言うとおりましたけど、今は北の森に瘴気溜まりが発生しとるみたいですわ、気ぃ付けておくんなはれや」

「ありがとうカンダさん、それと」

「なんでっか、カンスケはん、ワシにできることなら精一杯お手伝いさしてもらいまっせ」

「瘴気溜まりって何?」

 カンダは見事にずっこけた。

「カンスケはん、知らんのでっか? 冒険者の常識でっせ、まぁええですわ、瘴気溜まりっちゅうのは――」

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