17 差別
二人がしばらく歩いていると、町が見えてきた。
「町だぞノノ」
寛介がそう声をかけると、ノノは少し不安げな顔を見せる。
「そ、そうですね……、あのカンスケ様、うち――」
「結構大きな町っぽいし、ここなら」
寛介はノノの様子に気づくことなく、そのまま町へ入っていく。ノノは馬車から持ってきたフードを深めにかぶり、意を決して寛介の後ろをついていった。
町はシールといい、多くの人で賑わっていた。この町の産業は町に面した大きな川で釣りや屋台船などのレジャー、川向うへの渡し船やなど主に第三次産業で成り立っているようだ。飲食店も充実しているようで、やはり川魚料理が推されているようだ。
「でかい町だな、メソの倍、いや三倍はあるか」
寛介が独り言をつぶやいていると、恰幅のいい女性が声をかけてくる。
「ちょいと兄さん、あんたメソから来たのかい? 定期便も止まってるってのによく来たねぇ、歩いてきたのかい?」
「あ、ああ、運動がてらね」
女性は高らかに笑う。
「はっはっは、面白い兄さんだねぇ、疲れたろう? どうだい、今晩はうちの宿に泊まってきなよ、お連れさんも含めて占めて銀貨二枚、格安だよ?」
「はは、考えておきます。それよりもおば――」
女性の目つきが鋭くなる、寛介は空気を読んで言い直した。
「お姉さん、俺ちょっとソロンに行く用事があるんだけど、ここからならどう行けばいいですか?」
女性は笑いながら、寛介の肩をバシバシと叩く。
「はっはっは、冗談冗談、おばさんでいいよ。ソロンなら、あれだよ」
女性は川向こうにうっすらと見える城壁を指さした。
「この川の向こう岸がソロン帝国さね、ここから船が出ているからそれに乗ったら六時間ってところだね」
「その船って次はいつ出るんですか?」
「あぁ、次の船なら――」
ブォーと汽笛の音が鳴る。それは船がソロンに向けて出発する音であった。
「今行ったあの船だね、それであの船が今日の最終便さね」
夜は川を渡れないため、昼過ぎが最終便になるらしく、寛介たちは一日町に滞在することになった。
「うちの宿は町の北にあるんだ、そうそうアタシはヘレン、宿についたらアタシの名前を出してくれたらいいからね」
ヘレンはそういうと、のっしのっしと歩いて戻っていった。
「今日の宿は決まったな、どうしたノノ、さっきから元気ないな」
「い、いえカンスケ様、どうぞお構いなく」
「? とりあえず色々見て回るか」
寛介たちが町を歩いてると、騒がしい人だかりが目についた。
「一体なんだ?」
中心にいたのは傷だらけの三人組の冒険者であろう集団である、一人は生きているのか死んでいるのかさえ分からないほどの重傷であった。
「北の森の瘴気溜りの中でやられちまった、ヒールが使える魔術師はいないか! 仲間を助けてくれ!」
町人であろう男が冒険者に声をかける。その声には憐みが込められていた。
「兄さん、残念だがこの町に魔術師はいないよ、せめてもう少し早ければ船に乗ってソロンにまで行けたのに」
「そんな、どうにかならないのか、血が止まらないんだ、このままだと……」
「残念だが……」
このままでは失血死は免れないだろう。少なくとも出血さえ止められれば、明日の朝ソロンに運べば助かる可能性は出てくる。だが、その望みも彼らには無かった。
「カンスケ様、あれ」
「あぁ、あの出血だと、もう助からないかもしれないな」
ノノは震えながら寛介に尋ねる。何か覚悟をしたような顔だ。
「血が止まれば……助かるんですか……」
「あぁ、少なくともチャンスは、っておいノノ? 何する気だおい!」
ノノは寛介の返事を聞くとけが人に向かって一目散に走り寄った。
「どいて! どいてください!」
そして、けが人の服を引き裂くと、
「んっ、れろっ、けほっ」
むせながら傷口を、特に出血のひどい箇所を重点的に舐めていく。傷口が光ったかと思うと次第に出血量が減っていく。
冒険者は気味が悪そうに、ノノをけが人から引き離そうとする、出血が減っていることには気が付いていない。
「おい、何やってんだお前! やめろ、そいつから離れろ!」
冒険者が力づくで引き離す、その拍子にかぶっていたフードが破れてノノの耳が露になった。周囲がざわつく。
「亜人だ!」
「魔獣の子じゃないか、なんでこの町に」
「人間の血が好物なのか、恐ろしい」
ノノは耳を隠そうとするが、もう遅かった。騒ぎは大きくなる一方で収まる気配はない。
「出ていけ!」
どこからか石が飛んでくる、人のこぶし大のそれはノノの額に直撃し、ノノはその場に蹲った。更に石が飛んでくる、寛介はノノに覆いかぶさり叫んだ。
「やめろ!」
寛介は理解できなかった、理屈はわからないがノノはけが人を救うために行動をとった。事実、けが人の出血は止まっている。なのにノノは石を投げられている。あまりにも理不尽すぎて理解できなかった。これが亜人に対する差別なのだと、身に染みた、ノノが先ほどから見せていた物憂げな顔も今では理解できる。
「なんだお前! 邪魔をするな!」
男が怒鳴りつける。
「うるさい! こいつはその人を助けたんだぞ、なんでこんな」
嫌いな人物からでも、好意を向けられれば多少は情が生まれるはず、寛介はそう信じて疑っていない。
「お前こそなんで亜人なんてかばうんだ!?」
しかし、話が通じない、そもそも常識が違うのだから当然である。ノノが寛介に言う。
「良いんです、カンスケ様、どこに行ってもノノたちはこうなんです」
「ごめんノノ、俺、こんなことになるなんて」
寛介は涙目になりながら、悔しそうにそうつぶやいた。
「謝らないでください、カンスケ様、それよりもさっきの人は大丈夫ですか?」
このような状況でもノノはけが人の心配をしている、寛介は泣きそうになりながらも確認すると、出血は完全に止まり、後は自然治癒で大丈夫なほど回復していた。
「ああ、ああ、大丈夫だ、すごいなノノは」
「はやくどけ! さもないとお前ごと――」
「うるせぇ!!」
寛介が怒鳴りつける、ノノを腕に抱いてかばいながら、立ち上がった。
「こいつは俺の連れだ。文句があるなら聞いてやる、その代わり――」
寛介がダガーに手をかけようとすると、ある男が声をかけてきた。
「相も変わらず、おもろい人でんなぁ」
「カンダさん?」
「へい、久しぶりでんなぁカンスケはん、セガールはんの件ではえらい迷惑かけてもうてすんまへんでしたな」
メソの高利貸しカンダである。カンダは強面に精一杯笑みを浮かべながらそういった。
「な、なんだお前、横からしゃしゃり出てきやがって」
カンダから笑みは消え、男を睨みつけて言う。
「この兄さんはワシの連れや、なんか文句ありまっか?」
カンダの威圧に耐えきれず、男は腰を抜かしてしまった。
「ないみたいでんな、ほな、いきまひょかカンスケはん」
寛介はノノを連れて、カンダの後についていくことにした。あれだけ騒がしかった人々も、三人をただ見送るのみであった。