75 壊れた研究者③
ルグナーが目を覚ますと、それに気が付いた男が声をかけてくる。アインはまだ目を覚ましていないようだ。
「おはようございます」
「結果は……?」
「問題なく作業は完了しました。どうぞご確認ください」
ルグナーはアインの加護を鑑定する。そして目を見開いた。
「ッ! 私と、同じ……」
結果は[体の学者]、本当に加護が転写されていた。この技術さえあれば、見下してきた者を見返すことができるとルグナーは舞い上がる。
「信じて、いただけましたか?」
「ああ、素晴らしい研究成果だ。これほどの研究成果が未だ世に出ていないのはなぜだ?」
加護の転写、この成果は今までの常識を大きく変える大革命といっても過言でない。
「それはですね」
男の説明を待たず、ルグナーはその理由を理解することとなる。
「グッ……」
眠っていたアインが意識を取り戻した。しかし、何やら様子がおかしい。
「――ガッ!」
見開かれたその目は赤く充血し、歯をむき出して唾液が垂れ流している。まるで飢えた獣のようであった。
「アアアアッ!」
狂ったように叫ぶアインは視界に入った男へ襲い掛かる。男は焦る様子もなく、掌をアインに向けた。
「[衝撃]」
アインは見えない壁に弾き飛ばされ転倒し、後頭部を床にぶつけ、その衝撃で意識を失った。
「な、なな、なんだこれは、どういうことだ」
あまりにも異常な様子にルグナーは男に詰め寄る。このようなもの成果でも何でもない、話が違うと言いたげだ。
「このように、転写には成功するのですが、原因不明の副作用があるのです。今回はまだ良い方ですよ」
最悪死にますから、と当然のように口にした男へルグナーは怒りを向ける。
「ふざけるな!」
「手段は選ばないのではなかったのですか? 確認してもらった通り、きちんと加護の転写は実現されています。あとは副作用をどうにかするだけです。無為な実験を続けるか、この研究を引き継ぐか、どちらを選ぶのか考えるまでもないと思いますが」
「ッ……!」
ルグナーは怒りで震えている。男に対しての怒りだけではない。このような状況でも目の前の可能性に惹かれてしまい即答できない自分も含んだ怒りだった。
「ふう、所詮はその程度ですか」
ルグナーをしばらく観察していた男は、まるで汚物を見るかのような表情を浮かべながらため息をつく。
「見込み違いでした、あなたはもういいです」
男はそういうとパチンと指を鳴らした。
「アッ! ウウウウウ……」
すると突然、ルグナーは頭を抱えて膝から崩れる。
(な、なんだ――、頭が割れるっ!)
――『お父さん、いつか軍に入って一緒に働きたいな!』
――『……加護が無い僕は、軍にはいらないんだってさ。ごめん、父さん』
――『さよなら』
ルグナーの目が見開かれる。いつの間にか頭痛も消えていた。
(これは――、そうだ、どうして私はこんな大事なことを)
「思い出しましたか?」
男は先ほどまでの表情とはうってかわって微笑んでいる。
「――私は死んだ息子のためにもこの研究を完成させなければならない」
「そうです、思い出してくれてよかった」
「副作用について、発生する条件を詳しく調べたいと思います。加護を鑑定する健康診断で、加護が発現していない子どもに協力してもらいます」
「ルグナー殿だけでは協力者を集めた後、守る手が足りないでしょうから、駒も用意した方がよいかもしれませんね」
「それは警務部の中から選ぶとします」
こうして驚くほどスムーズに恐ろしい計画が組みあがっていった。
「では、頼みましたよルグナー殿」
「はい、ガウス様」