73 壊れた研究者
寛介が席に着くと、フリードはさっそくですまないがと本題に入る。今回の略取誘拐、及び地下研究施設での襲撃事件情報の共有だという。
「技術部の研究目的は後天的な加護の発現――、近年、実績をあげられていない技術部の中では重点研究に位置しており、だいぶ力を入れていたらしい」
「子どもたちを攫っていたのもその研究ためってこと? 狂ってる」
寛介は不快感を隠さずに、遠慮なく口を開く。気持ちは理解するとばかりにフリードは頷いた。
「まずはこちらの方の話を聞いてほしい。よろしくお願いいたします」
フリードがそういって自分とハインツの間に座った男へ説明を求めると、男は「ああ」と返事をし話し始める。
「初めまして、カミヤ・カンスケ殿。私は帝国軍元帥アクセル・バガーだ」
よく通る低い声で、アクセルは続ける。
「今回は事件解決に協力してくれて感謝する。技術部の“賢者再来計画”がこのようなことになっているとは」
加護が発現しなかった者でも後天的に発現させることができるようになれば、帝国の国力はさらに増大する。 “賢者再来計画”と名付けられ、その計画は元帥の許可の下進められていた正式な研究であるという。
理論の確立からの研究であるため結果を求めるようなことはせず開始されてからすでに二年は経過しており、今回の報告を聞いて寝耳に水だったそうだ。
「国民、しかも未来を担っていく子どもに被害が出てしまうなど、無念極まる」
アクセルは拳を強く握りながら苦々しい表情で言う。最後は涙声になっており、言い終えると黙り込んでしまった。
「引き続き私が説明をしよう。まず捕らえたルグナーだが言い分が支離滅裂で、整合性が無かった。そもそもあの時息子の事を話していたが、彼は未婚で、もちろん子もいない」
ならあの時の涙ながらの演説は何だったのか、寛介のその疑問に答えるようにフリードは話を続ける。
「そこで君の妹さんのことを思い出してね、ミ……、カナエさんに協力してもらった。予想通り、ルグナーには洗脳魔法がかけられていた」
「それってつまり……」
「ああ、研究に行き詰り、焦っていたルグナーに賢者ガウスが接触してきたそうだ――」
――帝国軍技術部統括ルグナー・ダムハイトは前統括が定年で身を引き、新統括に抜擢された。
前統括は鑑定珠に頼らない加護鑑定の手法を確立し、帝国に多大な益をもたらした。そしてそれは直接の戦力にならないからと軍の中でも冷遇されていた技術部の待遇を見直すきっかけともなった。
統括に任命されてから、特に大きな成果を上げることができていないルグナーは一人焦っていた。
一発逆転を狙って閃いた“賢者再来計画”のアイデアは非常に良かったと自負している。後天的に加護を発現させることが可能になれば、軍の規模はさらに大きくなり帝国の覇権はゆるぎないものとなる。
しかし、思ったように成果は出ない。基礎実験を繰り返すものの、わからないことが積み重なっていく日々であった。
心の余裕がなくなってくると、周囲の目が気になり始めた。前統括の積み上げた技術部への信頼が自分のせいで崩れていくかのような、被害妄想が彼を苛んでいく。
「あまり無理するなよ」
という所属の違う同期の軍人の言葉も、
「あまり無理するなよ、どうせやっても無駄なんだから」
と穿った理解をしてしまうほどの末期症状だった。
そして、彼が壊れる最大の原因となってしまった出来事が起こってしまう。
技術部は定期的に研究成果を元帥に報告する必要があり、ルグナーは“賢者再来計画”の進捗報告のため元帥であるアクセルのもとへ参上していた。
「研究成果は芳しくなく、未だ基礎実験を積み重ねていっている状況で、理論の確立には至っておりません。誠に申し訳ございません」
ルグナーの目元はクマで真っ黒になり、精気が感じられない。非常に追い込まれているのは誰の目にも明らかだった。
そのような様子を見て不憫に思ったアクセルは何と声をかけようか悩み、励ますように口を開いた。
「気にするな、すぐに結果が出るとは期待していない」
しかし、ルグナーの耳はその言葉の後半部分だけしか聞き取れず、彼は非常にショックを受けてしまう。
「鑑定の研究ですら、十数年規模で行われたのだから焦らずに結果を出してくれればいいんだ」
アクセルが一番伝えたい言葉は、ルグナーの耳には届いていなかった。