72 進展
過去話の修正を大きく行いました。
今後ともよろしくお願いいたします。
寛介が目を覚ますと、既に日が昇りきろうとしている時刻だった。周りを見ると誰もいない。
「しまった、寝過ぎたか」
むくりと起き上がり、あくびを一つしながら寝具を片付けていると、
「おはようございます!」
と物音を聞きつけたノノが部屋へやってきた。
「おはよう、皆は?」
「ガレスさんとララさんはマリアさんの買い出しのお手伝いに行かれました。美子さんとナルちゃんはあちらでお話されていますよ」
「そっか、ありがとう」
「あ、それからヨナさんが来られましたが、また出直すということでした」
「了解。それにしてもノノは元気だな、疲れとか残ってないのか?」
寛介は肩を回したり、背筋を伸ばしたりするとパキパキと音が鳴って、体にダルさが残っている。対してノノには疲労の色が見えない。
「うちは全然大丈夫ですね、大体は食べて寝れば元通りです」
種族の違いを実感しながら、リビングへ向かうと、
「あ、おはよう」
ケロッとした様子の妹を見て、続いて能力の差も実感してしまった。
「今日は蚤の市が開かれるらしいですよ」
マリアが用意してくれていた朝食を食べている寛介へノノが話しかける。
「へぇ」
そのように気の抜けた返事をした寛介の脛へ衝撃が走る。
「痛っ!!」
美子が細い目で寛介を睨みつけていた。
「兄さん、ノノちゃんの話ちゃんと聞いてた?」
「あ、ああ。蚤の市があるんだろ? ちゃんと聞いてるよ」
その返事を聞き、「はぁ~」と大きなため息を付いて美子は寛介の顔に人差し指を突きつける。
「全然だめ、女の子の気持ち全くわかってない」
くどくどと説教する妹に全く歯が立たない寛介を見て、
「ツッコミ役が増えて助かる~」
とナルはとても楽しそうにけらけらと笑っている。
説教を終えた美子が、あわあわと二人の様子を見ていたノノへ向き直る。
「じゃあノノさん、悪いけど最初からやり直してくれる?」
「えーっと……、今日は蚤の市が開かれるらしいですよー?」
「な、なら後で一緒に回ろうか」
「うんうん、それでよし」
不自然極まりない棒読みのやり取りにもかかわらず、美子は一人満足気に頷いていた。
何が良くて、何が悪いのか全く理解していない寛介は何の気なしに口を開く。
「そうだ、美子も一緒に行くか?」
その言葉を聞いた美子の目の光が消え、一瞬汚物を見るような目で寛介を見る。その後諦めたように小さくため息を付き、笑顔で口を開く。
「うん、行かない。私はナルちゃんとまだまだ話したいことがあるし」
「そういうことだから、ご主人様はノノちゃん先輩と二人きりで遊んできてね」
どこか芝居じみた言い方に寛介は若干の違和感を覚えつつも、まあいいかとそれ以上の詮索をやめることにした。
「うわぁ、すごいですね」
「確かに。これは想像以上だ」
帝国の中央通りは屋台やござで埋め尽くされていた。蚤の市らしい古着や雑貨の店だけでなく、的屋の屋台も多く出店されている。値段交渉をする声や酒を煽りながら談笑する声、射的で遊ぶ子供の声などがあちらこちらから聞こえ、とても賑わっている。
「それにしても、二人も来たら良かったのにな」
「えっ!? そ、そうですね……、ははは……」
寛介の何気ない一言に、ノノはわざとらしい笑いで応える。
(やっぱりカンスケ様は美子さんと一緒に来たかったですよね……。でも、美子さんは応援してくれたってことでいいのかな……?)
やり取りを思い出し、ノノは頬を赤くする。
「どうした?」
「い、いえっ、なんでもありません!」
熱くなった顔を冷ますように顔をぶんぶんと振り、
「あっ、あの屋台に行ってみませんか?」
と言うと寛介の腕を引き、目についた屋台に向かった。
屋台の店主は寛介たちに気がつくと威勢のよい声で売り込みをかける。
「いらっしゃい! いいタイミングだね、今なら焼きたてを出せるよ!」
高温で炒められた色とりどりの野菜と薄切り肉の中に、もちもちとした中太麺が投入される。仕上げとばかりに回しかけられた黒茶色の液体は、鉄板に触れると匂いとなって周囲に広がった。店主が起金で器用に全体に味をなじませる。そうして完成したものは、
「――これは焼きそば?」
寛介のいた世界では屋台の定番とも言える一品であった。鼻孔をくすぐる香辛料の匂いが二人の食欲をそそる。
「うわ~、美味しそう。二つください!」
「あいよっ!」
ノノは商品を受け取ると、店主に代金を支払おうとする。
「ああ、今日は俺が払うよ」
「ええ? そんな悪いです。うちが食べたいって言ったんですから……」
そのように、お決まりのやり取りをしていると店主が割り込んでくる。
「お嬢ちゃん、それは野暮ってもんだよ。好きな女の前では男にカッコつけたがるもんさ」
「す、すすす!? そ、そういうことなら……」
店主の言葉で少し照れた様子のノノはそれ以上食い下がろうとしなかった。
「じゃあこれで」
「毎度あり! 今食べるならそこ、使ってくれても構わねぇよ」
寛介が金を支払うと、店主は親指で屋台の横のテーブルを指差して言った。
歩きながら食べられる品ではないので、寛介はありがたくその言葉に甘えることにした。
「美味しい!」
一口すすったノノが美味しさで目を輝かせている。
同じように寛介も懐かしい味に舌鼓をうった。
時も忘れて屋台巡りを楽しんでいると、気がつけばいつの間にか日も落ちてきている。
「――そろそろ帰らないとな」
マリアの家は城下街の外にあるため、そろそろ帰路につかなければ暗い夜道を歩かなければならないことになる。
「はい、そうですね……」
楽しい時間が終わってしまうことを惜しみながらノノは相槌を打った。
「……」
そうして二人帰り道を歩いていると、ふとノノは寛介がそわそわとしていることに気がついた。
「あの、どうかされましたか?」
「ああ、いや……」
声をかけられた寛介は更に気恥ずかしそうにする。
しばらくすると、観念したのか頭をかいてバックパックから何かを取り出してノノに差し出した。
「――気に入ってくれれば良いんだけど」
寛介が取り出したのは、薄紅色の小さな貴石があしらわれた耳飾りだった。
「……」
ノノは驚いて声も出ない。
寛介はその耳飾りをノノの耳へつけてやる。
「も、もし気に入らなければ捨ててくれ」
照れくさそうにそう言われたノノがはっと我に返る。
「――絶対に捨てません、一生の宝物にします!」
「そ、そうか?」
「カンスケ様、ありがとうございます!」
つけてもらった耳飾りを愛しそうに撫でたノノの笑顔が、寛介の胸を高鳴らせる。その高鳴りの理由を理解するには、まだもう少し時間がかかりそうだった。
ルグナーの捕縛から三日後、寛介はフリードに呼び出され帝国城へ顔を出していた。
案内された会議室に入ると、フリードとハインツが既に席に付いていた。そしてその二人の間には、見知らぬ壮年の男が座っていた。
「久しぶりだカンスケくん」