71 エゴ
男は涙ながらにいかに自分の息子が可哀想であったかを語り続ける。その話はどこか支離滅裂だった。
「私は志あるものが不当に評価されないような世界を作りたいだけだ! 私は間違っていない」
どれだけ騒いだところで、男の言葉がその場の誰かに響くことはない。
「子どもたちを犠牲にしていい理由にはならない、お前は間違ってる!」
しかし寛介のその言葉も届くことはなく、ルグナーは顔を真っ赤にしながら壊れたように同じことを繰り返しつぶやくだけだった。
「時間の無駄だ、もういいだろう」
ルグナーを拘束するために、フリードはその肩へ手をかける。
「触るな、私はまだっ!」
「暴れるな」
フリードは捕まるまいと振り回されるルグナーの腕を取ると、そのまま地面に組み伏せた。
「ぐっ!! 貴様ぁ!!」
組み伏せられても抵抗しようと試みたルグナーも、絶妙に関節を締め上げられて観念したのか、次第におとなしくなった。
フリードは目線を
「ヨナくん、連行を頼んでいいだろうか」
わざわざヨナに頼んだのは、フリードの優しさだろう。いくらハインツたちがそう仕向けたとはいえ、彼は上官に対して感情を爆発させた挙げ句に勝手に隊を離れた。にもかかわらず平気な顔で隊に戻れるほど面の皮が厚いわけではない。
事件の犯人を確保したという実績は、復隊するに十分なものである(そもそも除隊はされていないので不必要だが)。
「……ありがとうございます、少将」
始めは困惑していたヨナも、フリードの考えを理解すると頭を下げる。
その後ヨナは寛介へ向き直ると、なんと言ったものかと迷った様子を見せながら、黙って手を差し出した。
寛介の方も黙って差し出された手を取ると、二人は無言で固く握手を交わしたのだった。
ヨナはフリードへ向き直ると、
「それでは、容疑者を連行いたします」
そう言って敬礼を行う。フリードが返礼するのを確認すると、ヨナは詰所へと戻っていった。
容疑者も確保され、一連の事件もとりあえず解決と言えだろう。
ノノたちはようやく終わったと安堵の表情を浮かべていた。
「……」
そんな中、複雑な表情で立ち尽くしていた寛介にフリードが声をかける。
「子どもたちが心配かい?」
「あの子たちは、どうなるんですか?」
「彼らに何が起こっているのかわからない以上、すぐに家に帰すわけにもいかないが、これ以上の危険が無いようにするよ」
フリードはそう言いながら、優しい微笑みを浮かべて、安心しなさいと寛介の肩に手を乗せるのだった。
「みんな、おかえりなさい」
疲労困憊の寛介たちを出迎えたのは、テーブルいっぱいの料理とマリアの笑顔であった。
「マリアさん、ありがとうございます。いただきます」
そう言って席についた寛介たちは、疲れた体を気遣った優しい料理に舌鼓を打った。
疲れた身体は、食欲を満たすと睡眠を欲し始める。ウトウトしながらも食事を続けようと抗う寛介たちであったが、ついに限界を迎えてしまった。
「ふふふ」
それを見てマリアは微笑むと、寝室へ向かう。
「ご婦人、我も手伝いしましょう」
彼女の目的を察したガレスも立ち上がった。
「あらありがとう、ならお願いしようかしら。でもあなたは疲れてないの?」
「まだまだ、これくらいの体力は残っています」
ガレスはそう言うと、用意した寝床へと四人を優しく運んだ。
「あなたみたいな人がいると、カンスケくんたちも安心ねぇ」
ふぅと息をつくと、マリアは苦笑いしながら呟く。
「もう歳ね、張り切ってお料理したから少し疲れたわ」
「どうぞお先にお休みください。何事にも休息は重要です」
自分は休むつもりはないと言外に示す。
「ありがたくそうさせてもらうわね、でもその前に――」
そう言うとマリアは手際よくお茶を準備し、ガレスの前に置く。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ガレスの礼にニコリと笑うと、マリアは寝室へ向かっていった。
こくっと一口味わうとカップを置いた。ガレスは警戒の糸を張りながらその場で目を閉じて体を休めた。