56 誘い
軍の中では公然の事実だがあまり他言はしないでくれ、とヨナは前置きをして話を始めた。
帝国軍の技術部は長年の研究の末、鑑定珠を用いない安価な加護鑑定の技術を確立した。
その技術を用いて、全国民の加護を調査・把握している。そして、希少な加護を持った子どもやのびしろのある兵士を重用する方針を推し進めている。
この施策は軍事力拡大に大きく貢献し、帝国は勇者に頼らない力を得たのだった。
「希少な加護を持つ子どもを狙って誘拐したのか?」
「いいや、それは考えにくい」
寛介の推察をヨナが否定する。
「被害者は十名を越えている。全員に希少な加護が発現していることはないだろう」
そうやって結論が出ないまま、時間だけが経過していく。
ただ、いずれにしても帝国軍が関わっていることは明らかである。
寛介たちは当面、帝国軍の動向を気にかけながら、情報収集を続けることとなった。
これといった大きな収穫が無いまま数日が過ぎる。この間にも数人の子どもが誘拐されてしまっている。
すると手の打ちようもなく、行き詰っていた寛介たちに宛てて手紙が送られてきた。差出人には見知らぬ名前が書かれており、内容は当たり障りのないものだった。
「ちょっと貸してくれ」
「お、おい」
何かに反応したヨナが、寛介から手紙を取り上げる。批判の声を無視して、真剣な目で手紙の文字を追っているヨナは決してそこには書かれていなかった単語を口にし始める。
「”北西二キロ”……”技術部の地下施設”……」
「おいヨナ、どういうことだ」
「この手紙は特務部で使っている暗号で書かれていた。城から北西二キロにある小屋の地下に、技術部の地下施設があるらしい。攫われた子どもたちはそこにいると書かれている」
寛介らにとって喉から手が出るほど欲しかった情報だ。しかし、ヨナの表情は暗い。
「何らかの罠の可能性もある、慎重に判断するべきだ」
「慎重になりすぎて機を逸するのは悪手ではないだろうか」
話を聞いていたガレスが異論を唱える。
「こんな分かりやすい罠にかけるなら、うち達が情報を集めているときに襲ってくると思います」
わざわざ準備できる時間を与えるでしょうか、とノノが言う。
誰の主張も間違っていない。
そこで、判断は寛介にゆだねられることとなる。
「行ってみよう、どのみちこのままじゃどうしようもないんだ」
虎穴に入らずんば虎子を得ず、寛介は膠着した状況を動かすために手紙が示す場所へ向かうことにした。