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12 落涙

 二人の殺し合い(修行)も五日目に突入する。修行が始まってからちょうど一週間、今日が最終日である。

「ここだっ!」

 寛介はカナエの鋭い突きを最小限の動きで見切り、反撃を行う。その淀みない動作にカナエは驚嘆の色を見せる。

「ほう、魔力操作も使いこなせてきたな」

「簡単に避けるくせによく言う」

 完全に不意をついたはずの攻撃を避けられたためか、寛介は不機嫌そうに言った。

「いや、ほんとに驚いてるんだ、予想以上だよ。だから」

 仕上げと行こう、カナエは嬉しそうにそう言うと、寛介との距離を詰め、突きを繰り出した。先程までよりも明らかにスピードやキレが上がっている。それでも、寛介は魔力操作による強化で動きを捉えることができていた。

「この程度なら――」

 避けられる、顔面への攻撃を察知し回避した寛介であったが、すぐに考えの甘さを反省することとなった。バチンと鈍い音が響き、まともに喰らった寛介の体は後方へ吹き飛ばされた。カナエの拳が寛介の顎を捉えたのである。

「な、なんだ?」

 寛介はなんとか立ち上がるが、状況が飲み込めないようである。完全に避けたと思った攻撃がヒットしたのだ。

 その後も、避けたはずの攻撃が何度も命中し、寛介の足が完全に止まってしまう。

 カナエはやれやれとため息をつき、その場で腕を組んだ。

「まだわからないか? ならこれならどうだ?」

 攻撃が来る、そう感じた寛介であったが、動けないので避けようがない。しかし、それはいつまで経っても痛みに変わることはなく、寛介の肌を刺激し続けるのみだった。

「!?」

 驚くのも無理はない、カナエはその場から動こうともせず腕組みをしたまま挑発的な目で寛介を見ながら笑っていたのだから。

「くく、どうした? 攻撃されたと思ったか?」

「俺に一体何したんだ」

「今のがスキルだ、使ったのは[幻惑(ミラージュ)]」

 カナエが人差し指を立てて寛介に講義を始める。

 魔法陣を必要とせず魔力を消費することで発動できる魔法がスキルと呼ばれている。それらは先天的に生まれ持ったもの、成長とともに獲得するものなど様々である。

 スキルは大きく、攻撃系統、異常系統、補助系統の三つに分類される。ちなみに[幻惑]は異常系統のスキルである。任意で発動するアクティブスキルと常時発動型のパッシブスキルに分かれ、アクティブスキルの発動には魔力を消費する。アクティブスキルはさらに、スキル使用時に一定量の魔力を消費するスタティックスキルと、魔力量を調整することで威力を調整できるヴァリアブルスキルに分類される。

 [幻惑]は対象の知覚神経に干渉するスキルである。カナエはこれを利用して寛介に攻撃を察知させたのだった。

「俺にはそんなもの――」

「いや、お前もすでにスキルを持っている。暗闇でも目が利くようになる[夜目]、そして魔力を相手の体内に伝え暴れさせる[鎧通]」

 これらのスキルのおかげで月明かりもない草原で羊皮紙の文字を読むことができ、ミノタウロスの硬い表皮を貫いて拳で倒すことができたということだ。

「自分のスキルを理解しているかどうかで、戦術の幅が広がる。だから、冒険者や兵士たちは鑑定珠を用いて自分のスキルを確認する。問題はこの鑑定珠が非常に高価であることだが、お前には関係ないことだ」

 話についていけない寛介がクエスチョンマークを浮かべていると、笑いながら補足する。

「ああ、関係ないというのはお前に鑑定珠は必要ないということだ。そうだな、自分の中に自分の情報が詰まった本があると想像してみろ。その本を開くイメージで魔力を込めるんだ」

 喰えない性格のカナエであるが、決して騙すための嘘を言わないことをこの一週間で理解していた寛介は素直に言われたとおりに行動する。すると、自分の頭の中に情報が流れ込んできた。


神矢寛介 レベル3 加護:無能

特殊スキル 空白

      自己鑑定 A

一般スキル 夜目 P

      鎧通 A


「見えたか? [自己鑑定]、非常に有用なスキルだろう」

 一通りの講義を終えたカナエは、腕を大きく上げて、伸びをした。

「最後に、スキルを使うときの工夫だが。そうだな、お前の持つ[鎧通]、人間相手にしか使えないと思いがちだが、例えば――」

 カナエが右足のつま先でトンと地面を蹴ってみせる。次の瞬間、寛介の視界がグラグラと大きく揺れ始め、ふわりと落下する感覚を味わった。なぜか穴の中に落ちたのである。

「うわああ?!」

 寛介は軽く頭をぶつけてしまったようで、目の前にいくつかの星が飛んでいるのが見えた。

「このように地面に向けて使えば空洞を作って落とし穴みたいに相手の足場を崩してやることもできる。お前の魔力量では揺らすのが精一杯かもしれないが。ほら手を貸してやろう、上がってこい」

 カナエの手を借り穴から這い出た寛介は、服に付いた土を掃いながら、

「今、落とす必要あった……?」

 と恨めしそうにカナエへ視線を送る。

 それを気にする素振りもなく、カナエは口を開く。

「加護は才能(ギフト)と言われているが、スキルは経験(センス)だといわれている。歴史を紐解くと、強力な加護を持っていなくとも歴史に名を遺す偉業を成し遂げた者もいる。すべては、お前次第だ」

 カナエは寛介の頭をなでながら、目を見つめていった。

「この一週間でお前は強くなった、そして止まらない限りまだまだ強くなる。強く生きろ寛介」

 寛介の目から涙が零れた。異世界に飛ばされ、無能の烙印を押されて殺されかけた。妹を迎えに行くために、初めて生き物の命を奪って、人殺しまでした。いくら強がっていても、心が傷つかないわけがなかった。寛介の頭にのせられたカナエの温かい掌はまるで、傷ついた心を癒やし、膿を涙とともに外へ出す魔法をかけているかのようだった。

 寛介がふいに漏らした。

「……カナエさんの手、母さんの手みたいで温かくて落ち着く」

「バカ、誰が母さんだ、私はまだ二十歳――」

「じゃあ姉さん?」

 突然の口撃にポッとカナエの顔が赤くなる。見事にあてられたカナエにできたのは精一杯の照れ隠しだけだった。

「わ、私の弟を名乗るならもう少し強くなってもらわないとね」


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