53 除隊
玄関先で話すのも憚られたので、とにかく中に入ろう、と言って招き入れる。
招き入れたのは良いものの、ヨナは一向に口を開こうとしない。
しびれを切らし、寛介が問い詰める。
「一体何の用だ?」
「今日、自治協会から帝国内で起こっている略取誘拐事件について依頼を受けたな?」
ようやく口を開いたヨナが、寛介にそう尋ねた。
寛介のヨナを見る目が鋭くなる。
「ああ、それがどうかしたのか?」
「どこまで聞いている?」
露骨に探りを入れてくるヨナを警戒し、寛介は口を閉ざす。
その様子を見てヨナが息を吐く。
「そうか、軍が黙殺していることも既に聞いているか」
「もしそうなら、何だって言うんだ」
寛介がヨナを睨みつけながらそう言う。
二人の視線が交錯し、重い空気がその場を支配する。
「俺は軍を辞めた」
その沈黙を破ったのは、ヨナの思いがけない言葉だった。
「は?」
想像の斜め上だったその一言に、寛介の口から変な声が出る。
「頼む、俺も同行させてくれ」
――帝国領内で発生している児童の略取誘拐事件について、軍の方針がハインツより特務部隊の隊員へ通達を行った。
衝撃的な内容に、隊員たちがどよめく中、ヨナがハインツに詰め寄る。
「どういうことですか、隊長!」
「言った通りだ。今回の事件、決して動くなと上からの命令だ」
聞き間違いであったことを祈っていたヨナの願いは儚く崩れ去る。
「そんな……そんな命令に黙って従えというのですか!?」
吠えるヨナを冷たい目で見つめながら、ハインツは当たり前だと口を開く。
「それが軍というものだ……」
だがヨナが納得するはずもなく、レネに話を振る。
「レネさん、本当にこれで良いんですか!?」
「……命令は絶対だ」
「その命令が明らかに間違っていてもですか!?」
「ヨナ、その発言は問題だぞ。命令に正しさなど、軍人は求めない」
レネがヨナを諌める。
「そんなのはおかしい! 一体何のために軍人になったんですか!」
「何のためだと?」
ヨナの一言に反応したレネの見たこともない冷たい表情に、ヨナの背筋が凍る。
「給金で家族を養うためだよ」
「間違いを見過ごし、それで貰った金で家族を養うと!?」
もはや売り言葉に買い言葉で、話は水掛け論になる。
ヨナの言っていることは正義であり、レネの言っていることは道理だ。正義と道理は決して交わることはないし、そこに正誤も無い。
話はここまでだ、とハインツが割り込む。
「特務部隊にいる限りは、命令には従ってもらう」
その一言は、頭に血が上ったヨナへは追い打ちのような挑発となってしまう。
「っ! 今までお世話になりました!」
ヨナは身分証を机に叩きつけるように置くと、肩を怒らせてその場を去っていった。
その場にいた誰もが、ヨナの気持ちを痛いほど理解していた。しかし、彼のように思うまま行動できるほど若くはない。
「すまんな、レネ」
「いえ、それよりも、本当によろしいのですか?」
謝罪をうけ、改めてレネが確認を取る。
「ああ、ヨナの除隊手続きはしなくていい」
ハインツはそう言って頷く。まるでこうなってほしかったような口ぶりだった。