44 騎士の記憶
――屋敷への襲撃が起こった翌日、カナエはボーマンを拘束している部屋へ訪れた。
「遅かったな、諦めたのかと思っていたぞ」
「文句なら空気を読まずに襲撃してきた、お前のお仲間に言ってくれ」
軽口に軽口を返しながら、カナエはボーマンの胸にスクロールを貼り付ける。
「それでは、お前にかけられた賢者の魔法を解除する。失敗して死んでも恨んでくれるなよ」
魔法陣へ魔力が流れていく。
「っ! ガッ!!」
突如、ボーマンは目を見開く。その目は充血し、苦しそうな表情を見せる。拘束により動きが制限されているにも関わらず暴れようとするため、関節があらぬ方向へ曲がり鈍い音が鳴っている。
「なるほど、やはり実験をしておいて正解だったな」
勇者のステータスであれば、予め対策をしていなければ拘束具だけで抑えることは難しかっただろう。
しばらくすると、糸が切れたようにボーマンは気を失った。
「成功したか」
カナエは[高位鑑定]を発動し、ボーマンを縛っていた賢者の魔法が解除されていることを確認する。
「これで、美子の洗脳も解除できるだろう。後はこの魔族から更に情報を引き出せればいいが……」
気を失ったボーマンを見ながら、カナエはそう呟いた。
――ボーマンは夢を見ていた。
――ボーマンが日課の素振りを行っていると、どこからか声が聞こえてきた。
「また剣を振っているのですか? 根を詰めすぎると、怪我をしてしまいますよ?」
白い肌に白い髪が特徴的な美しい女性が、ボーマンへ声をかけてくる。
「お嬢様、ありがとうございます。ですが、――をお守りするため、常に万全を……」
女は頬を膨らませながら詰め寄ってくる。
「休むのも大事なことだと、先日お父様にも言われてたではないですか、さあ、今から私とお茶を飲みますよ」
「……お嬢様、わかりました。いただきます」
――ボーマンは白い肌を持った切れ目の端正な顔立ちをした男性の前に立ちふさがり説得している。
「いけません、我が君。魔王様の方針へ異議を唱えるなど!」
「先日までは人族と適切な距離感を保つとおっしゃっていた。最近の魔王様の動き、何やらおかしいとは思わないか?」
「ですが、今や方針は人族の一掃となってしまいました、ここで異議を唱えてしまえば……!」
必死に止めようとする男の肩に手を置いて、わかってくれというように主人の男が口を開く。
「ああ、我が家は取り潰しになるかもしれない。だが、我らは王家を支えてきた一門。王が間違いを犯そうとしている時には諌めることが我らの役割だ。それに私は、魔王様を信じている」
――魔王城の広間で、倒れる主人の下へ駆け寄ったボーマンはそばにいたローブを纏った男を睨みつけた。
「我が君!」
「どうしてだ、――! なぜ我が君をっ!」
「魔王様のご命令です、――は一族郎党始末せよと」
無感情にそう言った男は、ですが、と言葉を続ける。
「それはあまりにも不憫だ。一人の”間違い”で一族が滅ぼされるなど計算が合わない。そうは思いませんか?」
主を貶める“間違い”という単語は気に入らない。しかし、ボーマンはせめて残った主の家族だけでも守るために不承不承ながら頷いた。
「私ならば魔王様を説得できるかもしれませんよ」
「っ!」
「しかしながら、無償でというわけにはいきませんね」
ボーマンは藁にもすがる思いで頼み込む。
「我にできることなら何でもする、頼むッ!」
「――ボーマン殿には今から逃走を防ぐための魔法を使います。冥界軍を裏切れば、わかりますね?」
そう言うと、ローブの男は魔法を発動した。一瞬、胸を締め付けるような不快な痛みがはしるが、すぐに消える。その様子を見ていたローブの男は首をかしげ、質問を行う。
「ボーマン殿の主人の名前は?」
「何だ突然。――様だが」
解せない様子で考え込むローブの男であったが、しばらくしてようやく口を開いた。
「……なるほど、わかりました」
「それで? 我は何をすれば良い?」
「ソロン帝国をご存知ですか?」
「ああ、最近力をつけてきている人族の国だろう」
「今回、ボーマン殿にお願いするのは帝国への侵攻作戦です」
「……っ」
ボーマンの脳裏に、今は亡き主との最後の会話が思い出される。
(申し訳ありません、――様ッ!)
彼は心のなかで主に謝罪すると、ローブの男に向かって口を開いた。
「わかった。それよりも、大丈夫なのだろうな」
ローブの男は笑顔をみせて、魔具を取り出しボーマンへ差し出した。
「それは……?」
「魔王様からあなたへ渡すようにお預かりした覚醒珠という魔具です。魔王様は亡き主人を想い、仕える家を守るために戦地へ向かうあなたの気持ちを汲むとおっしゃられました」
ボーマンは魔具を受け取ると、帝国へ向かうべく出発した。魔王城での彼の記憶はここで終わっている。
「ナーガシュ家の一族郎党を皆殺しにしろ」
小さくなっていくボーマンの背中を歪んだ微笑みで見送りながら、ローブの男が冷酷な声でそう指示をしたことは知る由もない。