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 実在しないにも関わらず強烈な印象を残す架空のキャラがいる。

 それとは反対に、実在しているにも関わらず人の印象に残らない人間というのもいる。

 僕という存在はどこか人の意識の死角を突くところがあるらしい。立っているだけなのに「いたの!?」とびっくりされることはしょっちゅうだし、コンビニではレジに立っても店員に気づいてもらえない。飲食店で注文をする時もそうで、店員を呼ぶボタンがないお店は避ける。

 この存在感の薄さをどうにかできないか、色々と努力はしてきた。人と話すテクニックを指南する本を読みこんだり、ファッションに気をつかったり、カラオケに通って大きな声を出す練習をしたり。

 そのかいあって、以前よりは人とうまく話せるようになり、友達も増え、飲食店でも店員にちゃんと声をかけられるようになった。

 けれど、いまだに自分の存在感の薄さというものを自覚させられる。他人が自分を見ていても、自分を透過し遠くの何かを見ているような気がする。僕が何か話しても、僕の言葉はその人に届いていない気がする。僕という存在は誰にも影響が与えられていないのではないか、そんな思いが常につきまとった。見た目や話し方のような表面的なものではなく、何か根本的な理由が他にあるのだ。

 物語というものについてよく考えるようになったのはその頃からだ。映画やアニメ、漫画や小説など、人気の作品は一通りチェックするようになった。そこに何かヒントがある気がした。

 僕に背を向け、テレビを観て虚構の物語に夢中になっていた父さん。

 なぜ、虚構の物語が現実以上に人を惹きつけるのか。その原理が解明できれば、僕に足りないものも分かると思った。


     × × × 


 教室には誰もいなかった。

 壁にかけられた時計を見ると、活動が始まるまでまだ時間がある。

 僕は教室の机に座り、スマートフォンを開く。

 あれから僕は織本さんのすすめで、『小説家になろう!』に投稿していた。

『小説家になろう!』では投稿作品の多くは連載の形を取る。他の作品にならって、僕も連載の形式をとることにした。

 一話目を投稿するときは緊張で手が震えた。まず、うまく投稿できるのか不安だったけど、拍子抜けするほど簡単だった。ユーザー登録をして、あとは専用のページに作品をコピーするだけ。それだけで僕の作品は全世界に公開されることになった。

『小説家になろう!』にはランキング制度があり、読んだ人が評価ボタンを押してくれるとポイントが入り、それに基づいてジャンル別・総合ランキングが作られる。総合ランキングは日間・週間・月間・下半期・年間……と期間別に分けられている。

 織本さんの受け売りだけど、ランキングが細分化されているのは投稿作品が膨大なためだろうということだった。『小説家になろう!』に現在投稿されている作品は五十万を超えている。大型書店並の冊数である。色んな基準のランキングがあれば、それだけ自分の好みのジャンルの作品にアクセスしやすくなるというわけだ。他にも検索機能やタグ機能なども充実している。

 投稿した日は一日中そわそわとして落ち着かなかった。織本さんには「人気になれば書籍化されるよ!」と言われたけれど、さすがにそれは現実的じゃないだろうと思った。けれど、いざ本当に投稿してみると、ひょっとしたら……とつい想像してしまう自分がいる。

 しかし、当然ながら現実はそんなに甘くなかった。


「何がダメなんだ……」


 投稿してから一週間、ランキングに入るどころか、誰にも読まれてもいない。『小説家になろう!』には作品ごとにアクセス解析がついていて、明確なデータとしてそれが分かってしまう。

 文芸展では大好評だったし、きちんと起承転結にしたがって書いている。なぜだめなのだろう。


「ここの読者の人たち、見る目ないんじゃないか……」


 僕はぶつぶつと呟きながら、ランキング上位の作品を開いてみる。

 活動が始まるまでの間、軽く読み流すつもりだったけれど、スマートフォンの充電残量の低下を知らせる表示が出たところで、はっとなった。いつのまにか、かなりの分量を読んでいた。『小説家になろう!』の作品は連載形式で一話ずつの分量が少ないため、待ち時間や通学時間など、気軽にスマートフォンで読むことができる。一話を読むのにさほど時間がかからないので、もう一話、もう一話とどんどん読み進めてしまうのだ。


「あれ、君、何をしているの?」


 その時、教室のドアが開いた。部員かと思って顔をあげるが、入り口に立っているのは知らない人だった。胸につけた名札から大学の職員であることが分かる。


「あ、サークルの活動で……」


 僕はそう言いながら、窓の外を見る。外はとっくに暗くなっており、とうに活動の時間を過ぎている。何でみんな来ないんだろう。

 職員の人は何か疑うような目つきでこちらを見ている。え、何かまずいこと言ったかな、僕はついおどおどとしてしまう。それが悪かったのか、職員の人の表情がより険しくなる。


「ちょっと学生証を見せてもらえる?」

「きょ、今日は講義がなかったので、学生証は持ってきてないんですけど……」


 学生証は普段は講義の出欠に使われる。講義がないなら持っていなくてもおかしくないと思うのだが、学生課の人はますます怪しんだ様子になる。


「君、ちょっと――」

「わわわ、待ってください、その子、うちの部員です!」


 教室に踏み込んでくる職員。その職員を制止するように、後ろから織本さんが走ってきた。


「すみません! 連絡が漏れていたみたいで。違う教室に……」

「ああ、そうなの?」


 織本さんの礼儀正しい様子を見て、職員の人は警戒を解く。そして、「気を付けてね」と言って去って行く。


「ハラダ君、ほんっと~に、ごめん! 活動場所が変わった連絡がいってなかったみたいで」


 彼女は今度は僕に平謝りする。僕は「いいですよ」と言いつつも、まだドキドキしている胸を押さえる。

 織本さんの顔には疲れが見えた。今日もスーツ姿で、就職活動が色々と大変なのだろう。その様子を見てはとても責められない。


「ごめんね~、うちの大学って敷地が広いから、勝手に部外者が入ってくることがあるの。それでよく職員の人が見まわっているんだよ」

「そうなんですか」


 確かに近道するために敷地内を横断していく部外者っぽい人はよく見かけた。正門のすぐそばに地下鉄の入り口があり、人の流れが激しいのだ。

 活動場所に移動する間、織本さんは繰り返し謝ってくる。僕の方が恐縮してしまうほどだった。織本さんも大変だな、と思っていると今日の活動場所である教室に着いた。


「遅いよ」


 ドアを開くと、中にいた部長が開口一番、声をあげる。

 織本さんは「ごめん!」とまた平謝りを始めた。


「就職活動にうつつを抜かしているから。この前の文芸展でも小説書けていなかったでしょう。そんなんで文芸部員と言える?」

「確かに書いてはいないけど……今はインプットの時期なんだよ。本はたくさん読んでいるし」

「たわけい。この前、スターバックスの窓際に座っているのを見かけたわよ。『人の心を動かすハイパーメソッド会話術』とか変な本を読んでいたじゃない」

「……見られていたのか」


 織本さんはすこし恥ずかしそうだ。

 僕は織本さんが気の毒になった。連絡が漏れたのは確かに織本さんのミスかもしれない。しかし、元をただせば、織本さんにサークルの仕事を任せすぎなのだ。この前の文芸展だって、展示場所の予約から受付のシフトまで、全て織本さんがやっていた。それと並行して就職活動をしているのだから小説を書く暇なんてないだろう。部長が手伝ってあげればいいのに。


「部長はどうなんですか。部長は就職活動をしないんですか」


 僕がそう言った瞬間、教室の空気が変わるのが分かった。

 みんな顔面蒼白になって、「は、ハラダ、口が過ぎるぞ!」と僕の肩をつかむ。

 ただ、当の部長は気にした様子はなく、むしろ胸を張って答える。


「就職活動なんてしない」

「じゃあ、卒業したらどうするんですか。ニートになるんですか」

「ふふ、違うわよ。私はサッカシボウに――ふがが」

「部長、滅多なことを言わないでください!」

「誰かに聞かれたらサークルがつぶれてしまいます!」


 他の部員が部長の口をふさぎ、言葉をさえぎる。

 その様子を見て、僕は鼻を鳴らす。


「何がサッカシボウですか。就職活動をしたくないだけでしょう。サークルの中でしか大きな顔ができないくせに」

「何だとてめー」


 部長はじたばたと暴れはじめる。


「あんたこそ、インターネットのうろんなサイトに小説を投稿しているそうじゃない。全く受けていないって聞いたわよ。そんなスカスカな小説じゃ人の心には響かないのよ」

「い、今、そのことは関係ないでしょう」

「とっとと炎上しろ」

「ぶ、部長こそ織本さんをみならって『人の心を動かすハイパーメソッド会話術』を読んだ方が良いんじゃないですか?」

「ごめん、ハラダ君、もうそれ触れないで……二人ともやめようよ。みんな傷つくだけだよ」


 織本さんが仲裁に入り、僕は腕を組んで顔をそむける。

 一体、何なんだこの人は……僕は無言で席に座った。

 その日の活動はちょっとギスギスした感じで終わった。

 そのせいか、活動後のご飯の参加者はいつもより少なかった。

人が少ないのは寂しいけれど、ファミレス以外でもいけそうな人数だったので、今日は織本さんおすすめのパスタ屋さんに行くことになった。


「ごめんねハラダ君。色々と迷惑をかけて」


 僕と織本さんは隅の席に向かい合って座る。織本さんが謝ることではない。

 気をとりなして、僕たちは『小説家になろう!』の話を始める。半ば諦めかけていたけれど、部長にああ言われてしまうと、一矢報いてやりたい気持ちになってくる。


「やっぱり設定がまずかったですかね」


 今回、僕が投稿した作品はいわゆる「異世界転生チートもの」だった。平凡な主人公がRPGのような異世界に転生し、そこで得たチート能力で無双するというものだ。この形式は『小説家になろう!』では一大ジャンルになっている。

 最初、織本さんは難色を示していた。確かに人気のジャンルではあるけど、他の作品に埋もれてしまう危険がある。でも、僕はそのままの設定を使った。起承転結の構造さえあればそんなことは関係ないと思ったのだ。

 しかし、結果は織本さんの指摘通りだった。知らず文芸展の成功で調子に乗っていたのかもしれない。


「う~ん、正直、それも少しはあると思うけど……」

「他に何か引っかかるところがあるんですか?」


 織本さんは微妙な反応だった。どうやら、他にもっと大きな原因があると考えているようだ。


「気を悪くしないで欲しいんだけど……ハラダ君の理論、ネット小説では効果がないのかも」

「効果がない?」


 僕は怪訝な声を出してしまう。






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