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政変は宵闇どきに

―――「藩王府制圧、完了したと報告が」

―――「よし、出発せよ」


 蒸気ガーニーの制動が如何に静かであるとしても、真夜中の静寂を破るには十分すぎるほどであった。オイルランプからガス燈へ街の明かりが移行してからというもの、道路はよほど暗がりの裏路地でなければ、ヒールでさえ歩くことが可能である。


 そのような明るい夜を手に入れた貴族という生き物が、闇夜を這う光景は滑稽にも見える。

 街灯を避けてウィンザー卿の蒸気ガーニーが藩王家の屋敷に到着したのは、夜半をとうに過ぎた頃合いであった。


 裏門は開いていた。前もって、ウィンザー卿の配下が開けておいたのだ。

 配下たちはずらずらと裏門から敷地内へ入っていくが、彼ははふと、開かれた鉄扉の手前で立ち止まった。ガス燈点火夫に扮した配下の一人が、ケロシン・ランプでウィンザー卿の足許を照らしながら見上げた。


 ウィンザー卿が立ち止まったまま、足を踏み出す素振りすら見せないのだ。

「……どうされたので?」

 ウィンザー卿はオニキスのステッキで二度ほど、地面を叩いた。

「お前はこの私に、汚れた砂地を歩けというのかね」

「も、申し訳ありません」


 見れば藩王家の敷地は舗装されておらず、ただ踏み固められた砂地が広がるのみであった。配下の一人は慌てて、蒸気ガーニーへと戻り、朱色のカーペットを屋敷の玄関まで引いた。貴族は生涯、裾を汚してはならない。それはウィンザー卿が幼少の頃から叩き込まれた教えであった。


「し、失礼いたしました」

「もういい。さて―――お前はまさか、銃も持たずに来たのか」

「もちろんでございます! 3年も前から旦那様が計画された大事な日。そのような失態はいたしませぬ」

「よろしい。なかなか見所のある奴だ」


 ランプでウィンザー卿を照らしていた配下は、聞かれると慌ててサスペンダーに挟んでいた拳銃を取り出した。 ウィンザー卿は彼から拳銃を取り上げると、銃弾が込められていることを確認し、配下の眉間に銃口を当てて引き金を引いた。


 銃声が鳴り響いた。それを合図に後ろに控えていたウィンザー卿の私兵らが屋敷に突入した。ガス燈点火夫の姿に身を窶していた配下は鮮血をまき散らし、絶命している。


「私は愚鈍な配下を持った覚えはない。馬鹿者は我々を死地に晒す前に死ぬがよい」

 絶命した配下の者の血は、彼自身が敷いた朱色の絨毯が啜った。


 そしてウィンザー卿は真っ赤な絨毯の上を悠然と闊歩する。彼にとって統制と矜持こそすべて。そこから逸脱する者は配下とて容赦はしなかった。


 屋敷の中には人の気配はなかった。藩王が如何に人間嫌いであっても、無人ということはあり得ない。本来、かの王はひどく臆病であったはず、とウィンザー卿は暗い闇の先を見据えた。


「探せ。藩王は二階、グレース王女は別棟だ」

 ウエストコートのポケットから懐中時計を取り出すと、左手を顔の横へ上げた。指を二本立てている。秒針が二回りするまでの猶予を与えられた配下数人はちりぢりに屋敷を駆け巡った。

 ウィンザー卿には、藩王家の屋敷ならば隅々まで知り尽くしているという自負がある。二分という時間は、屋敷を一回りするには十分であった。


「旦那様は藩王様とは旧知の仲でいらっしゃいましたな」

 ウィンザー卿の配下の中でも旧知である執事カーチスが呟いた。

 その不躾な質問に眉を顰めつつも、彼自身、この屋敷の広間には思い出すことが多々あった。ウィンザー卿が藩王に反旗を翻したのは今宵が初めてである。執事カーチスは主人を感慨深げに見つめていた。


 ちょうどマケラン時計台ができた頃である。帝国式の建築物が完成するたびに、藩王国の行く末に夢を抱ける時代だった。


「父とあれの先代が友人だった。その誼だが、しかしあれとは出会ったときから喧嘩ばかりしている」

「幼い頃、わずか1ペニーでパンを買えることに旦那様がひどく驚いていらっしゃったと―――藩王様が」

「そうか、そのようなこともあった気がする」


 壁に身体を預けた。執事カーチスはそのとき、わずかにウィンザー卿の目尻に柔らかな笑みが宿っていることに気がついた。しかし別棟の方角から銃声が鳴り響くと、再び表情のない強面へと帰った。オニキスのステッキは暗く冷たい色をしている。ウィンザー卿の人となりは無機質な杖の手触りと酷似していた。



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