宿屋の薬草じいさん
西門から伸びる大通りを一本中に入った路地に建つ二階建ての建物、
ここがワシが拠点としておる宿、地上の光亭じゃ。
この街に来てすぐの頃ギルドの紹介で利用し始めたが なかなかどうして
結構な居心地じゃ。
宿泊客も長期の者ばかりで、最近は空きが無いとも言っておったのう。
ほとんど下宿状態じゃな。
ん?料金とな?その辺は全てギルド預金からの引き落としらしいわい。
じゃからよう分からん。
初心者向けの宿に空きができたからとべっぴんの受け付け嬢に勧められてのう。
ついついその場で契約してしもうたんじゃが、初心者向けなら高額じゃあないんではないかのぅ。
金が足りぬなら何か言うてこようよ。
小綺麗な入り口を入ると、右手に受付がある。
今日はサラちゃんが座って居るのぅ。
この子はこの宿の従業員で看板娘の黒目黒髪のスレンダー美女じゃ!
ここに来た当初はまだまだ少女とゆう歳じゃったが大分良い女になってきておる。
ワシの見立てでは、ここの宿泊客が長期になるのはこの子狙いが5割以上を占めておるの。
隣の部屋の冒険者パーティーなど全員この子狙いで間違い無いわい。
いつも、お帰りなさいと優しそうな笑顔で挨拶してくれるのじゃ。
わしもあと80ほど若かったらほっておかんのじゃがのう。
いや、80年前じゃともう嫁さんと一緒になっておったか。
危ない危ない、アレは怒るともの凄く怖かったのじゃ。
浮気などもってのほかじゃわい。
一階の中程にある自分の部屋に荷物を置いて一息つく頃にコンコンと扉がノックされる。
扉を開くとサラちゃんより頭1つぶんほど身長の低い女の子が湯の入った桶を持ってきてくれたぞい。
この子はこの宿の亭主の娘のアリサちゃんじゃ。
女将によく似た薄い栗色の髪がキラキラじゃ。
あと3年もすればサラちゃんと人気を二分するスーパー美少女になるのは間違いない。
長期宿泊客更に増加じゃ。
まあ、既に一杯じゃから増えようは無いんじゃがな。
其れともサラちゃんが寿退職して、世代交代か。
絶妙のタイミングで現れる辺り、女将かサラちゃんに言われてきたのじゃな。
あの二人の客に対する気遣いはまるで貴族家に仕える家人の如しじゃわい。
アリサちゃんにはお駄賃代わりの砂糖菓子をプレゼントじゃ。
糖分は頭の働きを滑らかにする大事な栄養じゃからの、いつもストックしておるのじゃ。
早くあの二人のような立派な従業員に成るのじゃぞ。
湯を使い体を清め、湯の残りを廊下に出しておく。
ワシってば気遣いのできるジジイじゃのう。
もっとも100を超える位までは研究の事以外はなぁんにも気にしたことはなかったがのぉ。
若気のいたりじゃわい。
程よい時間になったので食堂にでる。
夕食はいつも焼き魚と何かのスープじゃ。
今まで他の物が出てきたことはないし、宿泊ぷらんのせっとめにゅーとゆうやつじゃろう。
ワシ毎日同じものでも気にならんから良いのじゃが、営業努力としてはどうなのかのう。
まあ良い、焼き魚とか大好きじゃしな。
周りを見るといつもの席にいつもの面子じゃ。
冒険者パーティーが数組、商人らしき一行、どいつもこいつもサラちゃんガン見じゃ。
そんなに気になるんじゃったら、でーとにでも誘えばよかろうに。
最近の若いもんは意気地が無いのぉ。
周りの煮え切らない態度にワシがイライラしだしたのに、気がついたらしき若いのが。
ワシの方をチラチラと伺っておるが、隣の席の年長者に頭をはたかれたわい。
若いのに指導も良いが、お主が一番サラちゃんを見ておるのをワシゃお見通しじゃっ!
腹が膨れたら、部屋に戻って書き物の続きじゃ。
最近は昔の研究の内容が急には思い出せんようになってきたのじゃ。
もう必要のない物じゃがそれだけでは寂しいからのう。
思い出しやすいように一番昔に学んだことから順番に辿るようにして、
毎日書き記しておる。
人生を振り返るようで中々面白いわい。
実は当時の記録や走り書きなんかもあるんじゃが、なんかもう、あれじゃ、
恥ずかしながら字が汚すぎて読めんのじゃよ。
昔は自分が読めればそれでいいと思っておったのじゃが、実際には自分でも読めなんだのじゃ
当時は読めてるつもりじゃったが、実際には中身を覚えておっただけじゃったわい。
若かったのぉ〜。
ペンの走る音だけが響くこと数時間、そろそろ眠くなってきおったわい。
隣人は両隣共に、毎日遅くまで呑んでおるようで人の気配がしたことはない。
静かじゃ。
さて、明日に備えて休むかの。